「イフンケ」母なる大地の声

 ウイルスは生態系の一部であり、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は環境問題である。
 経済が発達し人口が増えて本来は野生動物の棲息地であった奥地に人が入り込むようになり、野生動物と接触する機会が増えると、野生動物に固有のウイルスが人類に飛び移ってくる確率が増える。COVID-19、SARSや、MEAS、狂犬病のオリジナル・ホスト(本来の宿主)はコウモリであり、インフルエンザはブタである。
 人類が奥地を開発した結果、野生動物の個体数が減り絶滅に瀕すると、野生動物をホストとするウイルスも絶滅の危機に瀕する。新しいホストを開拓しなければ存続できない。だから、ヒトに飛び移ってきたのだ。これがエマージングウイルスである。この観点からもエマージングウイルスは環境問題なのだ。
 パンデミックは周期的に起こっているので、次のパンデミックを起こさない最も根源的な方途は、これ以上、野生動物の住処を奪わないことである。しかし、現在、世界を支配しているグローバル資本主義は人口増をシステム存続の前提としているため、人口増とそれに伴う奥地の開発を止めることは難しい。
 新たなパンデミックは温暖化の影響により永久凍土が融けている北極や南極なのかもしれない。
 COVID-19パンデミックから学んだ教訓は、どれだけ技術的・医学的に進歩しようと、人類は依然として未知の病原体に対し、とてつもなく脆弱だということだ。

 アイヌ民族の宇梶静江さんはアイヌの世界観を語る。「コロナは、ウエンカムイ(悪い神)だ。でも、人間がいかに大地に残酷なことをしてきたのかを知らせるために来たのだろう」と・・・。
アイヌは自然を敬う民族だ。全てに宿るカムイは崇拝の対象というより、対話を続ける存在といえる。宇梶さんは「自然と矛盾して生きてきた現代人は多い。今、生き方や考え方を変えなければ、ウイルスはもっと知恵を付けて人類を襲うだろう」と警告する。
 コロナ禍の中で「密」を避ける生活を強いられている。「真の孤独」を突きつけられてきたアイヌ民族の宇梶さんは訴える。「人間とは何か、人間らしい生き方とは何かが問われている。自然と向き合うアイヌ民族は、地球が抱える困難に光を投げかけることができる。その光は、世界三億人の先住民の光でもある。お互いの立場を理解し、認め合う。そんな未来の始まりにはできないか」と・・・。

「イフンケ」 宇梶静江

アルラッサー オホホオ
母はいつも ここにいて
子守唄を唄っているよ
元気で暮らしているかい
どこへ行って何をしていても
身体は大切にしておくれ
もしも道に迷ったら
苦しいことにあっても
あなたに渡した
絆という名のあの縄を
けっして離さないでおくれ

アルラッサー オホホオ
地上を歩くものたちも
地下に生きるものたちも
空を舞うものたちも
共につなぐ生命の縄を
思い出しておくれ
いとしい子らよ

アルラッサー オホホオ
共につなげる生命の縄を
もしもどこかで
傷つくことがあっても
痛みは共に伝わるよ
いとしい子らよ

アルラッサー オホホオ
忘れるなよ
あなたが悲しみに遭ったとき
絆という名のその道を
きっと心でにぎりしめ
共に絆をとりあって
けっしてけっして忘れるなよ
すべてのものに
地球という名の母さんが
あなたに手渡した
絆という名の生命の縄

アルラッサー オホホオ
忘れるなよ
離すなよ
いつも母さんはここにいて
唄っているよ
子守唄を
唄っているよ

・・・「イフンケ」というアイヌ語は「母」または「地球」という意味。「母なる大地」という言葉も外国にがあるよね。つまり、母というものは大地のように、子どもたちにたっつぷりと養分を吸収さえて、青々と葉を茂らせる樹に成長するよう、いのちをつなぐ存在、ということだよね。両腕に囲い込んで、よその子と競わせ、大人になっても副木(そえぎ)はなくちゃ生きていけない人間に育てることじゃあないんだ。大地にすっくと立つ一本の樹になってほしい。そんな我が子への思いを私は「イフンケ」という詩にしたよ。ばばよしろうさんがそれに曲をつけてくれて、講演のときなどに皆さんの前で歌うこともある。アイヌ語で歌ったあとに、日本語を紹介しているけれど、子育て真っ最中の若いお母さんからもうとっくに子育てを終えた年配のお母さんまで、いつも割れんばかりの拍手を送ってくれる。そのたびに思うのは、母心に今も昔も、民族も国も違いもないんだということ。子どもたちがどんなに大きくなっても、自分がどんなに年老いても、母心には変わりはない。心の中で、子守唄をそっと歌い続けているんだよ。(『すべてを明日の糧として
』宇梶静江)

 日本は東京五輪を優先したため初期の段階でのコロナ対策が失敗した。死者数は人口比でいえば中国や韓国よりも多い。アジアの中でコロナ対策が失敗した国だ。中国の統計がデタラメというが日本も同じこと。
 たくさんの人命が奪われた。アイヌ民族のように謙虚になって大地の声に耳を傾けなければいけない。そうまでして自然界が伝えたかったことを・・・。

参考文献:『ポストコロナ期を生きるきみたちへ』内田樹他(晶文社)

(2021年1月26日)

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