コロナ禍のなか、再開園した新宿御苑に桜を見に行った。
桜を想えば聴きたくのなるのが井上陽水の「桜三月散歩道」だ。
初めて聴いたいたのは14歳の春、その時も桜の花が咲いていた。
町へ行けば人が死ぬ。
町へ行けば人が死ぬ。
今は、居場所を失ったウイルスが暴れている・・・。
「桜三月散歩道」は、赤塚不二夫さんの長年のブレーンであリ、パロディ漫画におけるパイオニアである長谷邦夫さんが『まんがNo.1』という雑誌(責任編集は赤塚不二夫名義)の編集を担当していたとき、付録にフォノシートを付けることになり、その収録曲の1つをデビューまもない陽水に依頼し、詞を自ら書いて提供したものだ。「桜三月散歩道」の詞は、かつて長谷さんが私家版で出した第一詩集『叫びのかたち』の初期詩篇から題材をとったもので、のちに陽水は詞と語りの内容を変えて自らのアルバム『氷の世界』(1973年)に収録した。
「桜三月散歩道」(『まんがNo.1』ヴァージョン)
作詞:長谷邦夫 作曲・歌:井上陽水 語り:大野進
ねえ 君、二人でどこへ行こうと勝手なんだが
川のある土地へ行きたいと思っていたのさ
町へ行けば花がない
町へ行けば花がない
今は君だけ見つめて歩こう
だって人が狂い始めるのは
だって狂った桜が散るのは三月
(語り)
夏の日の夕方 水泳から帰った僕たちは
みんな真っ白なシャツを着ると
色の剥げた貨物船のような倉庫のある
細い道に集まるんだ
僕らがキャッチボールを始めると
道路は瞳の中の涙のように急に広がって
白シャツも影の中に沈んでしまい
白く光るのは たった一つの健康ボールだけになっちゃうんだな
ねえ 君、二人でどこへ行こうと勝手なんだが
川のある土地へ行きたいと思っていたのさ
町へ行けば人が死ぬ
町へ行けば人が死ぬ
今は君だけ追いかけて走ろう
だって僕が狂い始めるのは
だって狂った恋が咲くのは三月
(語り)
秋 やっぱり夕方近くになると
僕たち子供は家の窓を開け
涼しくなった空を見上げてから
江戸川の堤に駆け登るんだ
みんなで影を連れてね
帝釈天の向こうの夕日が
太い煙突に吸い込まれるまで
影踏みをして遊ぶんだ
影を踏もうとすると
影は驚いた魚のように逃げたっけ
ねえ 君、二人でどこへ行こうと勝手なんだが
川のある土地へ行きたいと思っていたのさ
町へ行けば革命だ
町へ行けば革命だ
今は君だけ想って風になろう
だって君が花びらになるのは
だって狂った風が吹くのは三月
長谷さんが陽水に歌を依頼する際に「ぼくはあなたの『断絶の歌声の美しさが忘れられない。悪ふざけや悪ノリではない、ちょっと上品な味わいを持った歌で、ユーモアを表現できないか、と考え始めてしましました」「ぼくの故郷を舞台にしたラブソングを構想中です」「作詞は朗読付きのものを長谷作詞で書かせていただきます。まず、それを呼んでいただいて、気に入ったら歌っていただきたいんです。いかがでしょうか?」とお願いしたと言う。
「桜」は長谷さんの原風景である。長谷さんが生まれ育った東京都都葛飾区の江戸川に沿った桜並木越しに見た空が東京大空襲(1945年3月10日)の炎により赤く染まった。赤い空がだんだん色を濃くしていき、真紅に近くなると桜並木は影絵の切り絵のような黒さになり、見つめるその世界は、戦争といことが嘘のように美しく見えたという。
「桜三月散歩道」を制作した頃の時代背景は、政治の季節から経済の季節への時代の結節点であり、革命の花が散り、生きていくことのはかなさや虚無感を感じざるをえない時代だった。だからこそ、社会的な大きな問題よりも、自分の小さな世界の問題の方がよほど大事だったのだ。そんな「氷の世界」のような時代の中から「桜三月散歩道」は生まれた。
災害や危機的状況では本当に大事がことが思い知らされる。
今は君だけ見つめて歩こう。
今は君だけ見つめて歩こう。
居場所を失ったウイルスが暴れているから・・・。
長谷さんはもともと現代詩を書く文学青年でもあった。
詩を発表した『現代詩手帖』(思潮社)から。
「試合」 長谷邦夫
向かいあった二人はお互いの瞳のふちにあふれてきている夜の景色をみつけると、ふと抜刀する事をためらい、一層近く寄ってみた。
傷ついたと遠眼鏡の向こうに横たわった戦場のようにその乾きかけた地面かあは静脈が怒りを含んで盛り上り、草は寒い夜明け方のぼくらの皮膚の如くひりひりと音を立てている。
すべて破られた花びらは空からしたたる灰色の血を繰り返し浴びて茎にまでその色をにじませ、葉の揺れる間から幾本かの刀が光った腹をみせてそり返った。
こうも近くに寄ってしまうとさらに刀は抜き難い。二人がもう一歩ずつ近ずくと景色の中の夜空では星座がみにくい型に置き換えられているのがみえた。
低空をうなって機羽もの巨きな鳥が飛び、それをぬって電波を発しながらコウモリが狂う。銀河は消えかかり、夜は確かにその高度を下げつつあった。
地平の森はうなじをゆっくりと下げて、旗は色あせた白い肌を風にこすられて痛そうに地をはっていく。
いつも芽を吹き出している地面。
軽く腕を組み合っている森や林。
つぼみの中に明りを灯している花。
旗がよじれない風。
君の素足が走っていく草原。
がある景色を瞳の奥に深してみた二人。
だがその視線はちぎられた山彦のように
二人の間の谷間へずり落ちていく。
二人の眼は何かを叫びそうになりながら、きみと僕の眼のように近ずいていった。共に剣を抜くのは今だと思ったが、重ねられるネガのように二人のからだはそのまま互いのからだの中に入っていってしまった。しかし夜の景色は重なろうとしない。
二人は初めて互いの内側で抜刀し、ずれた部分をそぐように切り落とし夜の裏側へと、その切っ先を向けた。
「鷹匠」 長谷邦夫
おまえは一羽の鶏と
おまえの腸ほどの古ぼけた綱で
野生を罠にかけ
それを、しっかりと瞳の中に
閉じこめておき
残酷な子供のように長い間
愛撫したのち
すこしずつ手の平に取り出す。
おまえは、その野生に
疲れて果て、たるんだ肉を与え
小さな空へ放ってみた。
気だるいブーメラングや
ぼくらがいつも乗っている大きなブランコに似て
それは放ったびに
おまえの腕に帰つてくる。
鷹は空の狭さに驚いているのだ。
おまえは鷹の為に、すこしずつ
空を拡げてやる。
だが、それはプラネリウムの空
星は見えぬ糸に引かれ、流れるばかりだ
おまえはうねり続ける空へ
漁師の如く鷹の糸を拡げる。
すると鷹はもはや
音を消したグラマン。
失速したように見せかけながら
一瞬、歪んだ野生を
甦えらせようと羽ばたき
獲物の上へ舞い降りる。
しかし、おまえは素早く
それを一片のクラゲの死肉とすりかえていた
鷹は冷え切った肉ととまどい、震え
再び羽ばたこことしながら
気がついた。
すりかえられていた行く手の空
すりかえられていた森や林
地平。
もはや、おまえは安心して
鷹を放つことがで出来る。
おまえの築いた一つの景色の中へ
全て根の枯れている草原
地くずれの絶えぬ斜面
鳥肌を立てている気流の中へ
放つことが出来る。
だが、年老いていくおまえよ
知っているか
おまえが眠りについている頃
巣箱の中では、ずっと
鷹は目覚めているのを。
ある寒い朝
おまえが生涯を閉じる朝
鷹は再び自分の空へ
自分の地平へ
還っていくことを
おまえは知っているか。
「羅生門」 長谷邦夫
門よ
おまえはいつからそこに立っていたか。
巨大な足を、大地に深く突き刺したまま
夜の夜景を、瞳から拒絶し
門よ
おまえの扉はいつから
風に揺がなくなったか。
おれは大地に立っていたのではない。
これはまぎれもない夜の地肌だ。
大地をめくりあげる肉色の風を伴った
一瞬の真昼が
おれの持っていた景色を
全て吹き飛ばしたあと
夜が襲い
おれの内側を満たしてしまった。
その時から、おれの足は、夜の底の方へ
そよいだままだ。
おれの扉は、夜を吐こうとして
苦しく、精一杯ひらき続ける。
きみたちの果しない草原を
とっぷりと暮らす夜。
夜明け方や朝の光を
限りなく疎外する夜。
旗を重い滴で、犬の舌のようにあえがせる夜。
群島を暗い絵の中に所有したがる夜。
その夜に、おれは激しい鳥肌を立て
犯されるのを防ぐ。
しかし門よ
おまえは立ち続ける。
夜の中から一歩も動こうとはせずに。
おまえの骨格は
きしみながら、夜の重さに耐えるのか。
おれは朽ち果てているのだ。
おまえが今みるのは
真昼の光が、空へ焼きつけた幻影の門だ。
おれの骨格は、夜の景色の中で
醜い塔を築き
それをよじらせる。
さあ、今こそ、おれを焼け。
夜をどっと地平へ押し返す炎となって
おれを燃えよう。
さあ、今こそ、放火しろ。
おれは、扉を、ふいごのように激しく息づかせ
夜を燃え移り
朝を地平から呼び戻す。
(2021年4月7日)