【まつおかさんの家】 辻征夫
ランドセルしょった
六歳のぼく
学校へ行くとき
いつもまつおかさんちの前で
泣きたくなった
うちから 四軒さきの
小さな小さな家だったが
いつも そこから
ひきかえしたくなった
がまんして 泣かないで
学校へは行ったのだが
ランドセルしょった
六歳の弟
ぶかぶかの帽子かぶって
学校へ行くのを
窓から見ていた
ぼくは中学生だった
弟は
うつむいてのろのろ
歩いていたが
いきなり 大声で
泣き出した
まつおかさんちの前だった
ときどき
未知の場所へ
行こうとするとき
いまでも ぼくに
まつおかさんちがある
こころぼそさと かなしみが
いちどきに あふれてくる
ぼくは べつだん泣いたって
かまわないのだが
叫んだって いっこうに
かまわないのだがと
かんがえながら 黙って
とおりすぎる
人は不安に襲われるとき、その気分のなかに「死」を感じ取っている。
『不安と存在』のなかで、ハイデガーは「自分もいつかは必ず死ぬことを自覚したとき、本来の生き方に立ち戻ることができる」と言う。
自由を求めるとは不安の中に身をおき葛藤することでもある。不安は自己への反省意識のなかでしか生まれず、自己の弱さを自覚して克服することによって自由を手に入れるものだ。
しかし、正しい判断だと思った行動でも、うまくいかない場合もある。自分が納得して決めた行動であれば、不安の意味も理解できてるし、自由の意識が維持されているので決して後悔することはない。
二十歳代は外国を放浪し、三十歳でフリーランスの道を選んだ。「まつおかさんの家」は今でも弱い自分を越えるために存在している。
(2017年11月16日)