辻征夫の「突然の別れの日に」を読む

【突然の別れの日に】 辻征夫

知らない子が
うちにきて
玄関にたっている
ははが出てきて
いまごろまでどこで遊んでいたのかと
叱っている
おかあさん
その子はぼくじゃないんだよ
ぼくはここだよといいたいけれど
こういうときは
声が出ないものなんだ
その子は
ははといっしょに奥へ行く
宿題は?
手を洗いなさい!
ごはんまだ?
いろんなことばが
いちどきにきこえる

ああ今日がその日だなんて
知らなかった
ぼくはもう
このうちを出て
思い出がみんな消えるとおい場所まで
歩いて行かなくちゃならない
そうしてある日
別の子供になって
どこかよそのうちの玄関にたっているんだ
あの子みたいに
ただいまって

 辻征夫自身の解説によれば、「突然の別れの日に」は子どもが成長して全く別の人格に変わったように感じられることがあり、その瞬間を捉えたものだという。
 優しい「ママ」からうるさい「おかあさん」に変わった時が思春期のはじまりだ。
 思春期は大きく「変化」する時期で、それまでの幼児期が終わるということで「終わる」ということは、失うことであり「死」を体験することになる。自我に目覚め世界が広がり楽しいことが増えると同時に、深い悲しみと孤独を味わう。そのため空想の世界を作り、そおっと不安を逃がしてやるように、こころのバランスを求めるようとする。
 この頃は親と気持ちが通じず「自分はこの親のほんとうの子どもではないのではないか」と感じたり、「自分このとをすべて受け入れてくれる本当の親がきっとどこかにいるはずだ」と信じていたほどだ・・・
 思春期の成長とは、いくつもの「生(現実)」と「死(空想)」の折り合いをつけて大人になっていくことである。そして、大人になった今も思春期時代のことは鮮やかに残り、忘れることはない。何かつらいことがあった時、あの頃の自分を思い出して「がんばれ! がんばれ!」と自分で自分をはげましている。
(参考文献:『好きなのにはワケがある』岩宮恵子)

(2017年8月2日)

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