辻征夫の「かぜのひきかた」を読む

寒い夜は膝をかかえて朝が来るのを待っている。
こころに風邪が引っぱり出される時はいつもこんな感じだ。

S.フロイトの言葉に『mourning work(喪の仕事)』というものがある。
mourning workとは、強い悲しみや寂しさ、絶望感、孤独感、抑うつなどは『自己表象に対する愛着』によって自他の同一化が進んでいるからであり、対象を失ってしまうことが自分の身体・精神の一部を失ってしまうことのように感じられるからである。失われた対象に対する執着・愛着が残っている限りは、人は悲しみと寂しさ、孤独感で苦しみ続けるが、自分の感じている悲しみ・苦しみと正面から向き合って、その悲しみを表現して思い切り涙を流したり、自分の気持ちに区切りをつけられることによって、傷ついた心を整理していくことができるという。

mourning workは辻征夫の詩に寄り添っている。
風邪薬より良く効くのだ。

【かぜのひきかた】 辻征夫

こころぼそい ときは
こころが とおく
うすくたなびいていて

びふうにも
みだれて
きえて
しまいそうになっている

こころぼそい ひとはだから
まどをしめて あたたかく
していて
これはかぜを
ひいているひととおなじだから

ひとは かるく
かぜかい?
とたずねる

それはかぜではないのだが
とにかくかぜではないのだが
こころぼそい ときの
こころぼそい ひとは
ひとにあらがう
げんきもなく

かぜです

つぶやいてしまう

すると ごらん
さびしさと
かなしさがいっしゅんに
さようして
こころぼそい 
ひとのにくたいは
 
すでにたかいねつをはっしている
りっぱに きちんと
かぜをひいたのである

(2017年8月1日)

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