「もしかしたら、自分が狂ってしまったのではないか?」と思う時がある。
狂った社会ではマトモな人間が狂人になる。異端の中の異端とは常識にほかならない。必要なのはひっくり返された言葉をもう一度ひっくり返すことだ。歪んだ言葉を正常な言葉に戻すことだ。
政治家の言葉が言葉として機能しているのだろうか。言葉が他者との対話や論争のためのものではなく、国民をダマし、その場をしのぐ為だけのツールにすぎない。
安倍首相は、「女性が活躍できる社会」と言うが女性を使い捨てにし、「積極的平和主義」と言うが積極的に戦争をする国にしようとし、「沖縄のみなさんに丁寧に説明する」と言うが辺野古の新基地建設を強行し、森友改改竄隠蔽問題では改竄を強いられた現場の職員が自殺に追い込まれたにもかかわらず、「私や妻が関与していたら総理大臣も国会議員も辞める」と言いながら辞めもせず政治責任すら取らない。
そして、場当たり的に公案された「お・も・て・な・し」という広告代理店が考えたと思しき薄っぺらな啓蒙標語で始まったIOC総会の最終プレゼンテーションでは、福島第一原発の汚染水は漏れ続けているのに「完全にコントロールされている」と嘘をついた。この国際舞台での「アンダーコントロール」発言は、IOCむけてのメッセージであり、その発言で問題になっているのは現実に福島第一原発がコントロールされているということではなく、「日本の状況」が完全にコントロールされているということだ。そして、これからもコントロールされていようが、汚染水問題がどれほど深刻であろうが、アスリートにどのような影響があろうが、それはIOCにとってはたいした問題ではない。最大の心配は、そうした問題のため東京五輪ができなくなることである。IOC総会は日本政府とIOCの「暗黙の了解」という談合の茶番劇を全世界に見せつけたものであった。
福島第一原発は、「アンダーコントロール」どころか収束のメドさえたっていない。汚染水は海にダダ漏れし、格納容器から溶け落ちた核燃料は永遠に取り出せないといわれているのが現実だ。
東京五輪で浮かれている社会の陰で、猛烈な放射能汚染が大地に拡がり、数十万人が故郷を追われ、生活が根こそぎ破壊されて流浪化した。原発関連死と呼ばれる数千人が死に、甲状腺がんで多くの子どもたちが苦しんでいる。そして、廃炉や除染の作業に多くの労働者が日々大量の被曝を被りながら従事している。どうして、わずか数週間ほどの五輪のために巨大な予算をつぎこんで膨大な財政赤字を抱える東京五輪を開催しなければならないのか。東京五輪に使うお金や人材あるなら東日本大震災の復興に回すべきだ。特に放射能汚染に苦しんでいる福島の人々の困難救済を優先すべきだ。
「夕焼け売り」 齋藤貢
この町では
もう、夕焼けを
眺めるひとは、いなくなってしまった。
ひとが住めなくなって
既に、五年余り。
あの日。
突然の恐怖に襲われて
いのちの重さが、天秤にかけられた。
ひとは首をかしげている。
ここには
見えない恐怖が、いたるところにあって
それが
ひとに不幸をもたらすのだ、と。
ひとがひとの暮らしを奪う。
誰が信じるというのか、そんなばかげた話を。
だが、それからしばらくして
この町には
夕方になると、夕焼け売りが
奪われてしまった時間を行商して歩いている。
誰も住んでいない家々の軒先に立ち
「夕焼けは、いらんかねぇ」
「幾つ、欲しいかねぇ」
夕焼け売りの声がすると
誰もいないこの町の
瓦屋根の煙突からは
薪を燃やす、夕餉の煙も漂ってくる。
恐怖に身を委ねて
これから、ひとは
どれほど夕焼けを胸にしまい込むのだろうか。
夕焼け売りの声を聞きながら
ひとは、あの日の悲しみを食卓に並べ始める。
あの日、皆で囲むはずだった
賑やかな夕餉を、これから迎えるために。
「夕焼け売り」は、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故によって剥ぎ取られた「文化」や「文明」の在り方を問い掛けた詩だ。この詩が収められている詩集『夕焼け売り』(思潮社)は、第37回現代詩人賞(日本現代詩人会主催)を受賞した。
粟津則雄氏は「齋藤貢さんのことばには、読む者の感情をことさらにかき立てるようなところはまったくない。彼は不思議な虚心をもって人や物や出来事をあるがままに迎え入れる。その凝視の底からある沈黙のしみとおったことばが身を起すのである」と語っている。
齋藤貢さんは、震災後の福島の悲惨を静かに見つめてきた。そして、人としての自然を奪われた理不尽な現実に抗うためにこの詩は生まれた。
狂った社会とは嘘付きの社会である。嘘の蔓延した社会では「自分さえよければ」と誰もが人を思いやることをしなくなる。正しく生きているからこそ正しい言葉生まれる。正しい言葉を拾い集めて正しい社会にしなければならない。
何処からか声が聞こえる。
「正しい言葉は、いらんかねぇ」
「幾つ、欲しいかねぇ」
(2019年6月27日)