大寒に降った雪がすっかり溶けて、もうすぐ小さな命たちが芽吹こうとしている二月十日、石牟礼道子さんが亡くなった。
森羅万象、何かが始まるということは、何かが終わることでもある。
人間が、動物が、鳥が、虫が、植物が、そして魂石が泣いている。
魂石とは、石牟礼さんが中心となって、水俣病の患者さんたちの「自分たちは死なんぞ。死なんのじゃと。死ねないのではなく、死なんぞ」との想いをこの世に伝えたいと、自分たちでつくった野仏のことである。
石牟礼さんの最後の声を聴いたのは、『アナザーストリーズ』というテレビ番組みの中だった。亡くなる数ヶ月前のことだ。
石牟礼さんはインタビューに答えて、「人類だけでなくて 行きているもの全て草木を含めて 人間は思い上がってはいけないと思いました」と語った。
それ以来、この言葉は自分のこころの一番大事なトコロに突き刺さっている。そして、謙虚に丁寧に人生を生きなければならいと改めて感じた。
石牟礼さんは、亡くなるその日まで水俣病の患者さんに寄りそった。「石牟礼さん、どうしてあなたはそれほどまでに強くて優しいのですか?」と自問しながら、「自分が何をしなければいけないか?」と自答している。
石牟礼さんは『苦海浄土』を出版し、水俣病問題、チッソの告発のジャンヌ・ダルクとして社会的に有名になった。石牟礼さんの肩書きにルポルタージュ作家と銘うたれる場合も多く、純粋な文学者、詩人というより水俣病患者の代弁者、あるいは公害や環境破壊の告発者といった世間の評価が強いかもしれない。
しかし、石牟礼文学とは大地に立つ自分をとりまく家族や交友の絆、建物や町並、そして吹く風、香る花々、とりわけ樹木たち、遠くに望む山脈、空にきらめく星々、そのような森羅万象の世界を、私たちは自分の生きる世界と感受し、森羅万象の世界に戻るのではなく、森羅万象の世界から乖離する自分の意識が生む孤独感を、近代と遭遇するこちによってあてどない魂の流浪に旅立った間近代の民の嘆きと重ね合わせたのが石牟礼さんの文学である。
水俣地方に「もだえ神」という言葉がある。
他人のことなのに、自分のことのように身をもんで嘆き苦しむことをいうらしい。
人間と人間は媒介するものがないとつながらない。自分をとりまいている山や川や空や小さい命たち、そういった森羅万象の畏敬の念を持ち、それに媒介されて、人間の畏敬の念が生まれるのである。
石牟礼さんは、あくなき企業の利潤追求、人間の欲望により森羅万象の世界が壊されていくことに絶望したのか三度の自殺未遂をしている。小さな命にも共鳴した石牟礼さんにとって、水俣病の患者さんたちに寄りそったことは必然のことだし、絶対の孤独を水俣病の患者さんたちの孤独と重ね合わせることで、一日一日を生きていたのかもしれない。
「花を奉る」 石牟礼道子
春風萠(きざ)すといえども われら人類の劫塵(ごうじん)
いまや累(かさ)なりて 三界いわん方なく昏(くら)し
まなこを沈めてわずかに日々を忍ぶに 何に誘(いざな)わるるにや
虚空はるかに 一連の花 まさに咲(ひら)かんとするを聴く
ひとひらの花弁 彼方に身じろぐを まぼろしの如くに視(み)れば
常世なる仄明りを 花その懐に抱けリ
常世の仄明りとは あかつきの蓮沼にゆるる蕾(つぼみ)のごとくして
世々の悲願をあらわせり
かの一輪を拝受して 寄る辺なき今日(こんにち)の魂に奉らんとす
花や何 ひとそれぞれの 涙のしずくに洗われて咲きいづるなり
花やまた何 亡き人を偲ぶよすがを探さんとするに
声に出(いだ)せぬ胸底の想いあり
そをとりて花となし み灯りにせんとや願う
灯らんとして消ゆる言の葉といえども
いずれ冥途の風の中にて おのおのひとりゆくときの花あかりなるを
この世のえにしといい 無縁ともいう
その境界にありて ただ夢のごとくなるも 花
かえりみれば まなうらにあるものたちの御形(おんかたち)
かりそめの姿なれども おろそかならず
ゆえにわれら この空しきを礼拝す
然(しか)して空しとは云わず
現世はいよいよ地獄とやいわん 虚無とやいわん
ただ滅亡の世せまるを待つのみか
ここにおいて われらなお
地上にひらく一輪の花の力を念じて 合掌す