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月に吠える

 働けど働けど猶わが生活楽にならざりーー。
 本も買えないと思っていたら、毒書家の兄事からダンボールいっぱいの本が届いた。今宵は『稲垣足穂全詩集』を読んで月と語り合うのだ。
 足穂が作家になった時代とは、帝国主義を掲げ、植民地支配を推し進め、戦争に突入しようとした時代であり、関東大震災が発生し、スペイン風邪が流行し、大杉栄や幸徳秋水などの無政府主義者・社会主義者らが権力によって虐殺された〈冬の時代〉だった。足穂や同時代人の江戸川乱歩、夢野久作、横溝正史などの幻想文学作家たちは、ナショナリズムの熱狂の渦の中に身を投じることはなく、権力に背を向け、怪奇幻想や猟奇的な夢幻の世界に遊ぶ事が、彼らの芸術的抵抗だった。
 封建的社会の中で、気が付けばいつも少数派に属しジタバタ生きている。いつの時代も〈自由〉に生きようとすればするほど〈不自由〉を強いられてしまうのは何故だ。それでも〈自由〉を欲するのは、〈冬の時代〉に〈自由〉のために闘った住井すゑ、尾形亀之助、小林多喜二、秋山清、金子光晴たちの読書尚友が助けてくれるからだ。
 大杉栄の有名な言葉がある。
「僕の一番好きなのは人間の盲目的行為だ。精神そのままの爆発だ。しかしこの精神さえ持たないものがある。思想に自由あれ。しかしまた行為にも自由あれ。そして更にはまた動機にも自由あれ」
 いつの時代も階級闘争が成功したことがない。いくら大衆に団結を呼びかけても、多くの人は権力側が作りあげた日常的労働のなかに習慣的にとらわれている。抑圧される者は、支配されることの中に、自分の日常の居場所を見出すことによってしか従属できないからだ。大杉栄はこのような従属する人間のことを〈奴隷根性〉と語る。
「政府の形式を変えたり、憲法の条文を改めたりするのは、何でもない仕事である。けれども過去数万年あるいは数十万年の間、われわれ人類の脳髄に刻み込まれたこの奴隷根性を消し去らしめることは、なかなかに容易な事業じゃない。けれども真にわれわれが自由人たらんがためには、どうしてもこの事業を完成しなければならぬ」
 自由人の大杉栄が目指したのは〈絶対的自由〉だ。自由を何者にも優先させるべき価値だと考え、権力やそれに基づく序列すべてに反対する事だ。資本家と労働者、富者と貧者の格差を生み出す資本主義の根底には〈奴隷根性〉があり、政府とともに廃絶すべき対象と語る。
「資本主義はなんでもかんでも数量化し、善悪、優劣のヒエラルキーをもうけようとする。人は気付かないうちにそれがあたりまえと思い込み、そのなかで高く評価されようと必死になってしまう。本当は他人によって、自分の価値が決められなんてとてもおかしいことなのに、たくさんカネを貰えば、何だか褒められているようでうれしくなってしまうし、あまりカネをもらえなければ、自分はダメなんだと思って落ちこまされてしまう。貧乏であることわるいことであり、負い目に感じるべきものである。もっと働け、カネ稼げと。大杉は、この負債の感覚を〈奴隷根性〉とよんだのである。いつだって、もっと支配してくれといわんばかりだ」と語るのはアナキズムを継承している栗原康氏だ。うーん、大いに納得である。
 近年の日本が〈右傾化〉し〈戦前回帰〉だと危機感を抱く論評を目にする。戦争法案の強行採決、武器輸出三原則の見直し、日本会議や教育勅語の右翼思想などがその理由だ。〈戦争する国づくり〉と言っても、対米国従属国家である日本が米国の下請けとして都合の良いように使われるだけだ。むしろ、米国に従属し戦争の危機感を煽りナショナリズムを刺激することで、政権の延命を図りたいだけだ。守りたいのは市民ではなく、自分たちの利権のように見える。
 いつの時代も変わらないのは、市民を分断して統治しようとする〈愚民政治〉であり、社会に〈奴隷根性〉を植え付けようとすることだ。強権的な為政者の周りには〈アメ〉が欲しさに〈奴隷〉たちが群がり、同調圧力によって排外主義を生み出す。政権に異論を持つ人を〈非国民〉と罵倒し、退廃した愚かな空気が社会に蔓延する。

「呼子と口笛 補遺」 石川啄木

暗き、暗き曠野にも似たる
わが頭脳の中に、
時として、電いなづまのほとばしる如く、
革命の思想はひらめけども――

あはれ、あはれ、
かの壮快なる雷鳴は遂に聞え来らず。

我は知る、
その電いなづまに照し出さるる
新しき世界の姿を。
其處にては、物みなそのところを得べし。

されど、そは常に一瞬にして消え去るなり、
しかして、かの壮快なる雷鳴は遂に聞え来らず。

暗き、暗き曠野にも似たる
わが頭脳の中に、
時として、雷のほとばしる如く、
革命の思想はひらめけども――
(一九一一・六・一五 夜)

 石川啄木の未完詩集『呼子と口笛』は、幸徳秋水たち26名の無政府主義者・社会主義者らが逮捕され、1911年1月に12名が処刑された〈冬の時代〉のなかから生まれた抗議の言葉だ。大逆事件がフレームアップだということは、多くの知識人たちは知っていたが抗議の声を上げた者はさほど多くは無かった。しかし、啄木は身の危険を顧みず抗議の声を上げ、幸徳秋水たちテロリストに共感を示すことで〈個〉の精神のあり方を貫いた。
 幸徳秋水のように知識力はない、大杉栄のような行動力もない。しかし、啄木のように社会の矛盾に抗議の声を上げ続けたい。誰かの〈奴隷〉にならず、誰かを〈奴隷〉にせず、〈自由〉のために闘うためだ。
 今宵も静かだ――。夜の静寂は本当の自分を生きる時間だ。「詩人の世界には太陽がなく、詩人はつねに太陽に背を向けている」という。月光が彼らの影を鮮明に映し出し、彼等と〈自由〉を語るのだ。彼らの時代の痛みを感じることでしか本当の自分に出会うことができないのだ。
 月光の夜は僕を狼に変え、遠く過ぎていった者たちの想いを吠える――。
 

参考資料
『大杉栄伝 永遠のアナキズム』 栗原康 (角川ソフィア文庫)
『大杉栄 日本で最も自由だった男』 KAWADE道の手帖 (河出書房新社)