中濱哲

中濱哲(なかはまてつ)1897〜1926
福岡県企救郡東郷村柄杓田(現・北九州市門司区)の漁師の家に生まれる。早稲田大学文科を中退、帰郷して新聞記者をする。再度上京して加藤一夫の「自由人連盟」に加わる。詩歌、戯曲、小説などを発表。1922年2月、埼玉県蓮田の「小作人社」に加わる。富川町や三河町の人市に出て懸命に働く。8月、立ちん坊を集め「自由労働者同盟」を結成。朝鮮人の同志や社会主義団体に頼まれ単身2週間信濃川朝鮮人土工虐殺事件を調べに行き、9月7日、神田青年会館での真相発表演説会に出席したが、12日間拘留。関東大震災に乗じて大杉栄が虐殺されると、復讐を誓う。1923年10月4日朝、三重県松阪市路上で田中勇之進とともに登校中の甘粕正彦の弟照仁(中学生・17歳)襲撃を図るが果たせず、田中は尾行刑事に取り押さえられ殺人未遂の現行犯で逮捕。16日には資金獲得を目的として大阪府下布施の十五銀行小坂支店を襲撃、誤って銀行員を刺殺した主犯古田大次郎はその場から逃亡して地下に潜伏、従犯の河合康左右、小西次郎、小川義雄、内田源太郎は逮捕され、中浜は恐喝殺人未遂で指名手配となる。1924年4月、「実業同志会」の武藤山治から革命資金提供の約束を取り付けていた中浜は倉地啓司と大阪の「実業同志会」のビルに赴くが、単身ビルに入ったところを駆けつけたトラック2台分の巡査によってがんじがらめに縛り上げられて逮捕される。1925年9月10日、これら一連の「ギロチン社事件」に判決が下り古田とともに死刑宣告を受ける。中浜はリャクと呼ばれる企業への資金強要はおこなったが、爆弾事件も殺人も実行していない[1]。1926年4月15日、死刑執行。享年29。最も過激で無頼と言われたが、「手を執りてあい笑(え)まん日はいつならむ 親よ悲しき子を持てるかな」という辞世を遺した。

『中濱哲 遺稿集』長田哲二郎編 (名古屋労働問題研究所発行/1932)

【杉よ! 眼の男よ!】
『杉よ!
眼の男よ!』と
俺は今、骸骨の前に起つて呼びかける。

彼は默つてる。
彼は俺を見て、ニヤリ、ニタリと苦笑して
ゐる。
太い白眼の底一ぱいに、黒い熱涙を漂は
して時々、海光のキラメキを放つて俺の
顔を射る。

『何んだか長生きの出來さうにない
輪劃の顔だなあ』

『それや――君
――君だつて――
さう見えるぜ』

『それで結構、
三十までは生き度くないんだから』

『そんなら――僕は
――僕は君より、もう長生きしてるぢや
ないか、ヒツ、ヒツ、ヒツ』

ニヤリ、ニタリ、ニヤリと、
白眼が睨む。

『しまつた!
やられた!』

逃げやうと考へて俯向いたが
『何糞ツ』と、
今一度、見上ぐれば
これは又、食ひつき度い程
あはれをしのばせ
微笑まねど
惹き付けて離さぬ
彼の眼の底の力。

慈愛の眼、情熱の眼、
沈毅の眼、果斷の眼、
全てが闘爭の大器に盛られた
信念の眼。

眼だ! 光明だ!
固い信念の結晶だ、
強い放射線の輝きだ。
無論、烈しい熱が伴ひ湧く。
俺は眼光を畏れ、敬ひ尊ぶ。

彼に、
イロが出來たと聞く毎に
『またか!
アノ眼に參つたな』

女の魂を攫む眼、
より以上に男を迷はした眼の持主、
『杉よ!
眼の男よ!』

彼の眼光は太陽だ。
暖かくいつくしみて花を咲かす春の光、
燃え焦がし爛らす夏の輝き、
寂寥と悲哀とを抱き
脱がれて汚れを濯ぐ秋の照り、
萬物を同色に化す冬の明り、
彼の眼は
太陽だつた。
遊星は爲に吸ひつけられた。

日本一の眼!
世界に稀れな眼!
彼れの肉體が最後の一線に臨んだ刹那にも、
彼は瞑らなかつた。
彼の死には『瞑目』がない。
太陽だもの
永却に眠らない。

逝く者は、あの通りだ――
そして
人間が人間を裁斷する、
それは
自然に叛逆することだ。
怖ろしい物凄いことだ。
寂しい悲しい想ひだ。
何が生れるか知ら?

凄愴と哀愁とは隣人ではない。
煩悶が、
その純眞な處女性を
いろいろの強權のために蹂躪されて孕み、
それでも月滿ちてか、何も知らずに、
濁つたこの世に飛び出して來た
父無し雙生兒だ。

孤獨の皿に盛られた
黒光りする血精に招かれて、
若人の血は沸ぎる、沸ぎる。
醗酵すれば何物をも破る。

死を賭しての行爲に出會へば、
俺は、何時でも
無條件に、
頭を下げる。

親友、平公高尾はやられ、
畏友、武郎有島は自ら去る。
今又、
知己、先輩の
『杉』を失ふ――噫!

『俺』は生きてる。

――やる?
――やられる?
――自殺する?
自殺する爲めに生れて來たのか。
やられる爲に生きてゐるのか。
病死する前に――
やられる先手に――

瞬間の自由!
刹那の歡喜!
それこそ黒い微笑、
二足の獸の誇り、
生の賜。

『杉よ!
眼の男!
更生の靈よ!』
大地は黒く汝のために香る。
――一九二三・一一・一〇――

【浜鉄独嘯】
俺かい!

俺は『俺』だそうだ!
俺は『浜鉄』だそうだ!
俺は『中濱哲』だそうだ!
俺は『富岡誓』ってんだそうだ!

檀那寺の過去帳に転寝(ごろね)してるんだどうだ!
村役場の戸籍面に欠伸してるんだそうだ!
其筋の黒表の中を徘徊(ぶら)ついてるんだそうだ!
ギロチンの前で跳躍ってるんだそうだ!

名前は面(つら)の符牒じゃねえか⁉︎
面は身体の符牒じゃねえか⁉︎
身体は存在の幻影だ⁉︎
幻影は虚無だ⁉︎
虚無は総有だ⁉︎

それが如何か致しましたか?

私は『富岡誓』ってんだそうです⁉︎
私は『中濱哲』ってんだそうです⁉︎
私は『浜鉄』ってんだそうです⁉︎
私は『私』ってんだそうです⁉︎

オヤジとオフクロとの悪血の塊です⁉︎
『セイ坊!』です⁉︎
『誓チャン!』です⁉︎
『オイッ!』です⁉︎
『コラッ!』です⁉︎
『貴様ア!』です⁉︎
『上等兵ドノ!』であります⁉︎

『立ン坊!』だア⁉︎
『テツ公!』だア⁉︎
『ゴロツキ!』だア⁉︎
『鉄チャン!』だア⁉︎
『奪還屋(りやくや)!』だア⁉︎
『浜鉄!』だア⁉︎
『此の野郎!』だア⁉︎

それが如何か致しましたか?

アヤツとコヤツとの苦い接吻です⁉︎
万年筆の月経です⁉︎
ペンネイムです⁉︎
バイメイです⁉︎
三文です⁉︎
蜂の頭です⁉︎
虫が喰います⁉︎
屁をチクハクにタレル積りです⁉︎

それが如何か致しましたか?

俺は俺だア!
ムムムアーーだア!
好し好し好しーー
ハハハハーーだア!
ハーマーテーツーだアよ!

それが如何か致しましたか?
――一九二五・一〇・三〇――

【立ン坊の叫】
視察来

貧民窟!
どん底!
彼方からーー此方から
何処からか持ち寄せて来た
『不幸』が
うず高く散らばっているのに
過ぎないーー塵捨場のよう
にと、いうのかい?

社会学を科学として
存在の理由を証明する為に
研究室から街頭へーー
概念の煩悩から脱れる為に
下宿屋から木賃宿へーー
と、いうのかい?

チャンチャラ可笑いやい
角帽の若造めらーー

なぜ、手めえらは
そんなに無駄骨を折りたが
るのかい?
あの、コンクリの化石から
集って来た
木偶の坊よ!
そんな、ひからびた概念の
化け物で
生血の滴る此方徒等の社会
が、解ってたまるかい。

腕だよ!
力だよ!
動いてるんだぜーー絶えず
流転の世の中だぜ。
食わにゃ死ぬんだぜ。

せっぱ詰った師走の暮に、
姐さん! 尻馬に乗って、
目白から、素見しに来たの
かい?
御苦労だなあーー。
気に入った若けえのが見つ
かったかい?
何!
貧乏を覗きに来たって?
素通りしたって分かるものじ
ゃねえや、
まあ、寄って行きな。

安い授業料だ、
俺らとカシワで寝ろよ。
貧乏の伝授は
一晩泊って、二貫三百だ
よーーたった。

運命じゃねえ
佐世保からーー北九州から
呉から、
神戸ーー大阪ーー舞鶴から
名古屋、横須賀、浜からさえ
職にアブレの大流れが来る
朝鮮から来る、
支那からも渡って来る。

大島製鋼所の戦!
三田土ーー芝浦ーー石川島
の戦からも落ちて来る。
来春は、
砲兵工廠のお払箱が来る。
又、再来年は?

斯うした流れの数万余騎。
職にアブレて人市に立てど
やはりアブレで、
おでんが一串ーー
塵凾に震えて寝るーー
餓死!
凍死!

旨く釣られて
雪国の監獄部屋か
砂金に担がれて
荒波の海賊の手下か。

湯銭が上がろうが下がろうが、
十日に一度行けるるじゃなし、
芝居の見料が高かろうが
安かろうが、
警視庁の地下室から
帝劇を眺めるのが落ちだい
銀行が取付に会おうがーー
勝手にしやがれ!

だが、兄弟!
これや、俺達の運命じゃ
ねえんだぞーー。
力が不足なのだい。力が!
結ぼうぜ、兄弟!
起とうぜ、兄弟!