舘高重(たちたかしげ)1904〜1931
福井県に生まれる。4男に生まれるが既に2兄は亡く翌年に生母を亡くす。1913年継母を迎える。1915年長兄を亡くす。1919年福井農林学校入学。1922年文芸雑誌「ひとむれ」創刊に同人として参加。1923年父を亡くす。文芸雑誌「フリジア」創刊に同人として参加。1924年岐阜高等農林学校入学。1925年文芸雑誌「群集人間」、詩誌「果樹園」の同人となる。1926年「詩の家」福井支部主催「詩展」に出品。1927年第一詩集『感情原形質』を亡父に捧げて出版。肋膜炎を患う。1928年「日本詩選集」に萩原朔太郎、北川冬彦、草野心平らとともに3篇が載る。結婚するが3ヶ月で妻を亡くす。10月第二詩集『爪を眺める』を亡妻に捧げて出版。1929年にわかに病状が悪化。病床につき転地療養を繰り返す。1930年、この年殆ど病床で詩作。 9月より絶対安静。1931年2月13日危篤。翌14日永眠
『感情原形質』舘高重(果樹園詩社/1927)
『舘高重詩集』舘高重(フェニックス出版/1991)
【魚】
詩を書いても飯が食えない と
一昨年 親父に叱られた
なるほど うなづかれる
しかし おれだって人間だ
おれは
すてきな 針をもっている
今に見ろ
でかい 魚を釣ってみせるから
【殺風な夜景】
まだ 捨てないのか どうした
女よ
唐芥子のようにそんなにてれなくともいい
僕はこの場末に立ってあたりを見張っている
そこでお前の機敏がお前の運命を支配する
今のうちそっと溝の中へでも捨てておしまい
何をぐずぐずしているんだ 気が弱いね
早くどうにかしないと いらない人がくるし
又この真黒で殺風な夜景が
お前のふところへとびこんだら最後
乳のあたりへ噛みついて心臓を滅茶苦茶にしてしまうぜ
さあ 早く二人でこの夜景をのがれよう
【夜】
とぎ鎌か 電光を ふり上げたように
僕は非常に興奮を覚えてきた
たましいの いつわらざる 触感
僕は柔らかい処女の肉体を尊びます
いつも世の中が
今夜のように暗やみなら
僕のすべての意識をぶち砕いてもいい
しかしね 神様
僕は処女の発光を信じます
【三形の女相】
A
街路で見たうつくしい下町おんな
アルミニウムの感覚が乳房のあたりへなだれかけます
あゝ 夢 夢 夢
いつまで私の眼膜に美の倒酔がうつるのか
身体のはげしい醗酵
瓦斯のほのおが夜の歓楽を回転させそうです
B
振り袖の模様は世の中の静けさを破ります
ショーウインドのなやましい化粧品の数々
湯上がりの暖かいにおいがひるの町をねむらせる
そうです 舞妓は重たい美の表面です
C
たかだかと胸に結んだ袴の紐は人生への階級です
踵の高い黒靴は山羊の仔の悲哀です
濃厚なるシイズンバンドは
恋愛の仮面を被った化物です
あゝ 十字街道のその奥に
公園の痩せたペンチは孤独をうそぶいています
【煙草屋の細君】
吸いつづけている中に
煙草がなくなってしまった
きれいな細君の煙草屋へ出かけよう
早春の強い煙草のくちづけに
冷たく冴えた僕の意識が
アイスクリームのようにとけないかな
第二詩集『爪を眺める』より
【ふところ手】
▼
ふところ手して
もうすっかり待ちくたびれていると
ふと目についた
豆の花まで
ふところ手して
咲いている
【秋の月】
外は白々と冴えた夜である
みんな寝静まってしまうと
二つの腕に
大きな恐ろしい力を――――
そら恐ろしい力を感ずる
【枇杷の花】
昨日もこの路を通ったんだが
今日もまたこの路を通っている
黙りこくった忘れっぽい女のように
垣根に囲まれて咲いている
枇杷の花が見たいからだ
何かしら物足りない気持で
ひょろひょろ歩いているが
今日もすてきな言葉が思いつかないから
枇杷の花を見てかえりたいのだ
【秋日】
昨日 音楽会の入場券を貰った
背丈に余る霜枯れた葉鶏頭
開けっ放しの隣家の窓から
洋服タンスの扉がきいきい鳴っている
彼女は今日も留守です
「詩誌などに発表された作品から」より
【夜の情緒の盗走】
高くつるされたこの青蚊帳の中に
僕の青春が眠ってはいないか
ふとんをめくり ふとんをめくったが
どこに僕の精神がひそんでいるか
たった一人ぬばたまの暗をついて
たずねてきた筈の娘はどうした
今夜こそ 僕は狂酔を抱きしめて
重たい哀愁に泣く時が来たのだ
おゝこの蚊帳から この部屋から
夜の情緒が盗走しなかったか
【癪】
女と対座すると
黙と動とが交雑してくる
その時胸の蟲が
ぐーっとこみ上がって
癪だなあ
火鉢の中では
やっとのこと
炭が赤くはじきかけた
【雨の日】
女は戸も閉めずに出ていった
私はそれについて考えていなかった
全く煙に立ちこめられた部屋にも
窓がある
窓をみよ
【女】
女は私のマントの一端を踏まえていた
きれいだなと思うではないが
ふと裏小路で見かけそうな女である
私は幼い頃より土の匂が好きだ
女はコンパクトの容器を帯に挟んでいた
軟らかい日ざしは鶏や白菜の夢を見せたり
田舎娘の頬の艶など考えたりした
まもなく女は残雪の小駅に降りたらしい
【風】
はた はた
はた はた
病に痩せたれば
妻よ
風に乗ろう
風に乗って死のう
【一月】
ひもすがら吹雪を聞き
炬燵でみかんを食べている
妻よ
極楽浄土にも蜜柑があるか
おいしそうにぱくついている
お前を思い出している
またも涙にぬれた
冷たいみかんよ
さみしいこころよ
【蜜柑の詩】
Ⅰ
食べ残しておいた蜜柑のことが
ひどく気にかかって
用事を済ましての道すがら
誰に出会ったかさえ知らずに
戻ってきた今日の私
Ⅱ
蜜柑を食べながら
妻の写真に見入っている
夜を日についで蜜柑を食べた
妻と私
蜜柑の亡霊を思わぬでもないが
極楽にも結構な蜜柑があるのか
Ⅲ
大きな蜜柑を抱えて
妻よ!と呼びかけてみる
Ⅳ
雪がだんだん積もって
痩せた身体が燃え尽きそうだ
【さみしい蜜柑】
みかんは
生きているのだ
今日も
寒い風のなかで
青いみかんが
たたき売られていた
死んだ妻よ
みかんは
生きているのだなあ
【桜】
あゝ たいへんな風だ
着飾った桜を見ないか
可愛そうに
あんなでかい身体を
ゆすぶり ゆすぶり
女のように はにかんでいる
【みかん】
ふと気づけば
微かなうめきが聞こえる
机のあたりだ
食べ残した蜜柑のあたりだ
あゝ蜜柑のうめき声だ
雪もふって めっきり寒く
南育ちのお前達はかわいそうだ
お待ちよ
今 火鉢に火をもらってくるから
【ある時】
果物屋の店先に
影を落している私である
林檎や梨や蜜柑が
あまりに明るすぎるので
無造作に話し掛けられないでいる。
【冬日和】
雨だれをかぞえて
かぞえきれない
さみしさを感ずる
つい近くまで
春の手がきている
そっとふれてみたら
冷たいものが
ギッシリ詰っていた