清水澄子(しみずすみこ)1909〜1925
中学校教員の父、小学校教員の母を両親として出生。小学校5年の頃には小説を書き始めたという。生前には「文章家たらんと志し」ていたというが、大正14年(1925年)1月7日、上田高等女学校3年在学時、15歳で信越本線に飛び込み、鉄道自殺を遂げる[1][2]。遺書には「お父様、お母様、何もかもさよなら。光を求めて永遠の世界に行きます。永遠の世界では、もつと優等な人間として暮らしたく思ひます。私の今……あまりに劣等な人間です。現実といふものがあまりに厭はしくなつて毎日々々苦しみ通しました」とあった。
同年4月、彼女が書き遺していた詩や随筆を、父親が遺稿集としてまとめ、私家本『清水澄子』を刊行した。翌年、その書を東京の出版社(寶文館)が『さゝやき』と題名を変えて再編集し、刊行。同世代の少女たちの支持を得て、3年間で230刷を数えるベストセラーとなったが、「自死を美化している」との理由で学校からは読書が禁じられるにいたった。
『清水澄子』清水澄子(信濃毎日新聞社/1925)
『さゝやき』清水澄子(寶文館/1926)
『ささやき』清水澄子(裾花書院 第1巻/1948)
『ささやき』清水澄子(裾花書院 第2巻/1949)
『ささやき』清水澄子(裾花書院 決定本/1949)
『ささやき』清水澄子(甲陽書房(甲陽文庫)/1957)
『ささやき』清水澄子(青春出版社/11958)
『ささやき』清水澄子(冬日書房/1966)
『ささやき』清水澄子(勉誠出版/2002)
『ささやき』より
<遺書>
お父様、お母様、何もかもさよなら。光を求めて永遠の世界に行きます。永遠の世界では、もつと優等な人間とし
て暮らしたく思ひます。私の今……あまりに劣等な人間です。現実といふものがあまりに厭はしくなつて毎日々々
苦しみ通しました。大きくなるにつれて、劣等な人間になりつゝ行くのを見る時、私はほんとに、生きてをられな
くなりました。二年もそれは前でした。それから今まで、死といふことのみ思ひました。しかし人間特有の煮え切
らない心をもつた私は、死といふものがあまりに恐ろしくてどうすることも出来ず、ただ一人で苦しみました。私
は今、早くこの苦しみから、のがれたいと思つて、永遠の世界に行きます。どうぞ皆様幸福に暮らして下さいませ。
色々書かうとすれば 涙が出てたまりません。今初めて私は、雑誌の乱読の悪い影響を知りました。私が こんなに
まで苦しい劣等の人間として生きるようになつたのも、大人の止めるのを聞かないで、ただただ文章家にならうと
の心から、下らない雑誌に読みふけつたからだと今更思つています。お父様。お母様。健康でお暮らしなさいます
よう、祈ります。14.1.7 さよなら
清水澄子
【玉つばき】
その夜、わが前で泣きじゃくりし君
やさしき瞳は涙にとざされ
長いまつ毛はうつむいていた
黒髪の細きふるえ
われは慰め得ずして
青き灯をじっと見つむ
外では椿がほろりと落ちる
【灯】
向うのお山に灯がついた
こっちのお山に灯がついた
二つ仲よく光ってる
こっちの灯ちらちらちら
向うの灯ちらちらちら
二つで何かささやいている
【柳の町】
水に映った灯のちらちらゆらぐその夕
私は友と柳の植えてある土手を
あまる話の思い出の糸をたぐりつつ歩いていた
友はやさしきまみふせて
「やさしき者は皆去り行く」と静かに言った
私は
「寂しさはいつも私のそばにある」とささやいた
岸の柳はゆらゆらと水のそばまで垂れていた
二人は土手の草の上に腰を下ろして
いろいろ別れてからの話をした
ああ灯がゆらぐゆらぐゆらぐ灯がゆらぐ
ああなつかしき夏の夜の町
私はここに来たけれどなつかしき友は
いつまたどこで私に会えるやら
思えばかなしい私の心
去年の柳はゆらゆらと夕風に吹かれてる
寂しくゆらいでいる
【灯(2)】
心にともした灯が
青い光にゆらぐ時
私の心のかなしいしるし
紫の光にゆらぐ時
私の心の落ちついたしるし
黄いろい光にゆらぐ時
私の心が寂しいしるし
赤い光にゆらぐ時
私の心がおどったしるし
心にともした灯が
ピンクの色にゆらぐ時
私の心のうれしいしるし
今……今灯は青い光にゆらいでる
かなしい光にゆらいでる
ゆらりゆらりとかなしい
風に吹かれて青い光にゆらいでいる
心にともした灯が
青い光にゆらぐ時
私の心の悲しいしるし
【月】
花紅白に空おおい
蝶はひらひらまい狂い
うすい夕月ははや入りて
東の空にぼんやりと
浮かびいである朧月
おぼろにかすみては
淡く浮世をてらしてる
おぼろおぼろの春の月
昼の暑さを行水に
流して橋上にたたずめば
青い御空にはっきりと
澄みたる月がいでている
水に映ってちらちらと
銀の色をば流してる
岸の灯もちらちらと
きいろな色を流してる
涼しい涼しい夏の月
ころころと寂しげに
虫の音きこえる庭先に
庭下駄はきてたたずめば
まるいまるいまんまるい
盆のような清い月
涼しく清く夜の世界を照らしてる
餅つくうさぎもよう見えて
清い清い秋の月
木枯らしすさぶ冬の夜に
カラリコロリと下駄の音
寂しい町をとぼとぼとあゆめば
前の山を青く寒く照らす冬の月
寒い寒いその光をあびながら
とぼとぼと町を歩いて木枯らしに
ほおほうたれて首ちぢこます
握ったその手もつめたくて
寒く光れる冬の月
【無題】
夕方です
赤い煙突から出る
淡い紫の煙を見つめています
夜です
銀色の星があなたの
瞳のようにぱちぱちまたたいています
【思い出】
はかなきは散り行く花の影に似て……
君と結びしうまゆめの
まひる目覚めしたまゆうを
消えつ……浮かびつ
愁い行く花の
やよいの悩み行く
【二つの愛】
二つの愛
二つの幻
いずれに接吻せむ
清き……愛の唇
緑ふかき夜は若人の悩み
抱かんか二つの胸
いずれにノックせん
紅き愛の心
緑ふかき夜は若人の悩み
【思い出】
思い出……なんてはかないものだろう
それは夢だから幻だから
虹のように美しく消えてなくなるものだから
思い出……なんてはかない美しいものだろう
紅の思い出
水色の思い出
桃色の思い出
墨の思い出
そして虹のように消える思い出
思い出……なんてはかないものだろう
それは夢だから幻だから
【無題(2)】
銀色の月心の泉に
うつりて寂し
波立ちたるさざめきを
きこえないように泉を
おおう深い深い森
銀色の月みどり深き
森にうつりて寂し
ばら色の日心の泉に
うつりて悲し
さざめきをこのさざめきを
君の心にまでひびきさせたい
ばら色の日心の泉に
うつりて悲し
【矢車草の花】
別れともなく野ばらを折りて
まさぐりつ涙ぐみし――
君のおもわの遠ざかり
夕の雨にぬれし
矢車草
足もとの黒き土に
見送るわが目にいたく
点点こぼれ落ちる
【少女の心】
雪のように
白い少女の胸に
いつの間にか色々の
草や
花が咲きました
淡紅色の花をもつ
ほほえみ草
白い涙の花
紫の花の咲くのは
芸術に対するあこがれの草です
深紅な
血のような花が
時々咲いてはすぐしぼみます
【若き日の悩み】
なやましき
若き日の愁い
けんらんと輝く夏の太陽を避け
緑深き森にと息づきたる少女
小さき少女の心はあやしくふるう
胸は高なりぬ
なやましき
若き日の愁い心の嘆きは泉となりてあふれいでぬ
桃色の箱に
とじこめられたるある不思議の泉
冷たい澄んだ泉
少女の心の泉を灰色ににごしたるは四月まえ
ふと会ってすぐ別れたかの人の面影
なやましき
若き日の愁い緑深き森に
うれえの空気はみちみちて
少女の瞳は涙にあふれぬ
【時代】
死……それをひたすら
神に祈った
時もありました
今考えれば何と
恐ろしいことでしたろう
音楽家……それになることをひたすら
思ったこともありました
創作家……そんなことを希った時もありました
人の顔を見ると何でもかんでもしゃくにさわって
たまらなかった時もありました
それは皆時代でした
過ぎ去った時代……そのものでした
今は世の中のことが皆馬鹿らしく見えます
そんなことも過ぎ去った後になると馬鹿らしい
ことだったと思うでしょう
要するに皆それらのことは
時代……そのものが心にうみつけて
くれたものでした
過ぎ去った時代を非常になつかしく思うのが今の私の心です
【猫の子】
ねんねん猫の子
さむかろう
外は粉雪窓が鳴る
金の小鈴はなったとて
わらのふとんは冷たかろ
細いまばたきに夜がふける
ねんねん猫の子
寂しかろ
【さすらい】
兄様は
さすらいの旅が好きだとおっしゃった
私も好きだ
今日学校のかえりにこじきの子を見た
母親が先にたって叫んでいる
その子は下を向いて小声に歌をうたいながら歩いている
私は何となくなつかしくなってその子のそばにより
「あなたの名はなんていうの……」とたずねた
その子はすぐ「光子」と答えた
私はふと持っている菓子を思い出してその子にやった
その子は「ありがとう」と言いながら
また歌をうたって静かに歩いていった
ああさすらいの子
私も一度きりさすらいの子になってみたい
【心】
あなたの心が海ならば
私は船に乗りましょう
そして一人でこぎましょう
あなたの心が山ならば
私は野草になりましょう
そして一人で咲きましょう
あなたの心が星ならば
私は星影草になりましょう
そして夕方一人でにおいましょう
いろんな望みがありますの
だけどあなたの心は人間だ……