山尾三省

山尾三省(やまおさんせい)1938〜2001
1938年東京生まれ。早稲田大学西洋哲学科を中退し、1960年代の後半にナナオサカキや長沢哲夫らとともに、社会変革を志すコミューン活動「部族」をはじめる。1973年、家族と、インド、ネパールへ1年間の巡礼の旅に出る。1977年、屋久島の廃村に一家で移住。以降、白川山の里づくりをはじめ、田畑を耕し、詩の創作を中心とする執筆活動の日々を屋久島で送る。1997年春、旧知のアメリカの詩人、ゲーリー・スナイダーとシエラネバダのゲーリーの家で再会。ゲーリーとは、1966年に京都で禅の修行をしていた彼と会ったのが最初で、そのとき、ふたりは1週間かけて、修験道の山として知られる大峰山を縦走している。ゲーリーがアメリカに戻り、三省はインドへ、そして屋久島へ移住したため、長い間交流がとだえていた。三省は、ゲーリーの近年のテーマがバイオリージョナリズム(生命地域主義)であることを知り、自分が20年来考え続けてきた、「地球即地域、地域即地球」というコンセプトとあまりに近いことに驚いたという。2001年8月28日、屋久島にて亡くなる。

『びろう葉帽子の下で 山尾三省詩集』山尾三省(野草社/1993)

【火を焚きなさい】
山に夕闇がせまる
子供達よ
ほら もう夜が背中まできている
火を焚きなさい
お前達の心残りの遊びをやめて
大昔の心にかえり
火を焚きなさい
風呂場には 充分な薪が用意してある
よく乾いたもの 少しは湿り気のあるもの
太いもの 細いもの
よく選んで 上手に火を焚きなさい

少しくらい煙たくたって仕方ない
がまんして しっかり火を燃やしなさい
やがて調子が出てくると
ほら お前達の今の心のようなオレンジ色の炎が
いっしんに燃え立つだろう
そうしたら じっとその火を見詰めなさい
いつのまにか —
背後から 夜がお前をすっぽりつつんでいる
夜がすっぽりとお前をつつんだ時こそ
不思議の時
火が 永遠の物語を始める時なのだ

それは
眠る前に母さんが読んでくれた本の中の物語じゃなく
父さんの自慢話のようじゃなく
テレビで見れるものでもない
お前達自身が お前達自身の裸の眼と耳と心で聴く
お前達自身の 不思議の物語なのだよ
注意深く ていねいに
火を焚きなさい
火がいっしんに燃え立つように
けれどもあまりぼうぼう燃えないように
静かな気持で 火を焚きなさい

人間は
火を焚く動物だった
だから 火を焚くことができれば それでもう人間なんだ
火を焚きなさい
人間の原初の火を焚きなさい
やがてお前達が大きくなって 虚栄の市へと出かけて行き
必要なものと 必要でないものの見分けがつかなくなり
自分の価値を見失ってしまった時
きっとお前達は 思い出すだろう
すっぽりと夜につつまれて
オレンジ色の神秘の炎を見詰めた日々のことを

山に夕闇がせまる
子供達よ
もう夜が背中まできている
この日はもう充分に遊んだ
遊びをやめて お前達の火にとりかかりなさい
小屋には薪が充分に用意してある
火を焚きなさい
よく乾いたもの 少し湿り気のあるもの
太いもの 細いもの
よく選んで 上手に組み立て
火を焚きなさい
火がいっしんに燃え立つようになったら