小池玲子(こいけれいこ)1947〜1965
1947年10月8日秩父市に小池松平の長女として生まれる。
1963年4月都立国立高等学校入学。
1965年2月19日死去。享年17歳。
『赤い木馬―小池玲子詩集』小池玲子(黄土社/1966)
【人間ではないもの】
私は孤独な物質 石
人間がに なろうなろうともがけばそれだけ
私の身体は固くなり 物質化していった
笑いが消え
行動がなくなり
薄暗い 四角い片隅にうずくまった
悲しもうにも涙が無い
叫びたくとも声が出ない
私は 目開きにして盲目
腐敗した石
【夜の青い空】
夜の青い空に
頼りきった眼を向ける
何も無い濡れた空間のその遠く
古びた月の光が
笑っている
何も無くていい
今は私と
あの空があればいい
【雪】
ちらほらと
ぼたん雪が降って来たらどうしよう
外に出て そっと触ってみたい
つうっと頬を滑らせようか
ふんわり雪が積もったらどうしよう
私は手に取って 顔を埋める
柔らかい 白い光が肌をつつむ
その時かしらぬ
私の心の融けるのは
【白い道】
白い道が続く
形の無い世界を
色の無い世界を
光の無い世界を
一個の生物が歩む
走らず
止らず
歩む
この白い道の上
はるか遠く
道が尽きるかも知れない処
城が見える
生物は其処へ 行きたかった
心をはずませ
何里も歩いた
それでも城は同じ処
遠い彼方
生物は誰にともなく話しかける
私ハココデ 諦メヨウカ
モシヤアレハ 蜃気楼デハナカロウカ
生物は歩く
消えないようにと見守りながら
不安と
淋しさと……
走らず
止まらず……
歩む
この白い 道の上
生物は疲れた
幾度か止まりかけた
そして
止まった
城はいくらか近くなっていた
生物の前を
同じ生物が
笑って手まねきしている
それで生物は なおも歩いた
生物は倒れた
そして誰にともなくつぶやいた
私ハココデ 死ヌカモ知レナイ
同じ生物が 手まねきをする
城はもう近く
生物は見た
眼の前の城を
最後の力をふりしぼって
生物は駆けた
城の入口は無かった
城の中には
あの 同じ生物が
笑っていた
城は消えた
生物も
はかない泡のように
パチンとはねて
消えた
【空(カラ)】
私は この手で
自分の身体から心棒を抜いた
抜いて放った
高く……
棒は空を駆けて行った
私は
棒の消えた彼方を見守る
悲しくもないのに涙が出て
おかしくもないのに笑う
心棒の欠けた
私……
【赤い木馬】
深い川底に眠っている
堅く 冷たい 氷ガラスにはめられて
赤い木馬は眠っている
深い 深い 水の底
誰も触われる者はない
淋しいか?
痛いだろう?
上を 上を 水が行く
赤い木馬は眠っている
赤い木馬は待っていた
この地に楽園の来る時を
重い扉の開く時を
永遠の その時の来るまで
赤い木馬は眠っていよう
堅く 冷たい 氷ガラスにはめられて