牧野虚太郎

牧野虚太郎(まきのきょたろう)1921〜1941
東京出身。本名は島田實。慶應義塾大学中退。
荒地詩集に作品が載るが、当時既に世を去っていた。詩誌『荒地』の前身である戦前の詩誌『LUNA』や『LE BAL』に発表された作品は、モダニズム詩の極限にある小品を十数篇遺すのみである。鮎川信夫編の詩集に大部分を載せるが、遺漏もある。

『牧野虚太郎詩集』鮎川信夫編(国文社/1978)
【象牙の雑草 Ⅰ】
博物館の腰部は大聲で齒を磨き
蜃気楼を頻発した航路は骨格を露にして進む
コンクリイトされた人相學そして起床へのメガネよ
僕等はLETHEを縦にし時圭を二分した
永遠が抜萃されて來て僕等の齒は白くなり
ミルクを飲みそこねた略式時代が來る
剃刀の場所を逃れてクビカザリの眞似ごとを繰返し
空気の生活と水に映るホタンタの洗髪術について
僕等はどんぐりを先に呼びLILLIPUTのために地球を後れさせた

【象牙の雑草 Ⅱ】
透明が糊屋である
ドングリが妖精になる
園丁がセルパンが死骸を持つて來た
ダテウになる博物館
屠殺者とデザイナアの對立
手袋はコドモである
マリエッヂリングを眞直にして下さい
猿とオウムはズボンの長さに從つて歩き
憂欝な戀人たちをつめたパイプをまげる
長靴が多すぎた
部屋には窓がなかつた
タコにも似て イカの如き
帽子を冠り 靴を脱ぎ
ヴェエルを忘れ 靴下を用意した
肩に雜草
腰に象牙
クスグッタイマッチから
明日をまねたヒゲダラケの水の中まで
何ごとも言わず
すべてのことを言ひながら
ガラスの上に刺繍がなされ
ペンは軟体動物を料理した

【象牙の位置】
沈黙が破られて一杯の水がくまれ
泡沫の中に鏡の態度が迫る
透明を遠く呼びながら
みづからを越えて
胎動の新しさに出発した
あなたの細い時間を返して
高い道を歩く
すべてがすべてに倒れ
噴水を集めては転落の日を數へてゐた
私は靜かに黎明を繰つてゐる
眠りが許され
野菜の生活が許され
あなたの奏する腰の雰囲気では
交叉点が小さく響き
あなたの笑ひをすぎて
私の職業に涼しさが消える
出血の夜みなれない友を迎へた
自殺のために
しかし一塊の抽象を叩き
あなたを忘れる成熟のなかで
眼鏡の疲れをふき
夜のあたひに叫ぼうとする
樹上の淋しさよ
窓に答へて
あなたの大きさを盜みたいと思ふ

【破れた靴下】
アパートの屋上にはアスピリンがほしてある
戀愛は大聲で齒を磨くに初まるとの事
コップをわることを覚えた若い詩人諸君よ
ために咽喉を透明なシャボンで洗ひ給へ
猿のなやみは三本の毛に止まるのですが
ハンカチイフ・パアテイは目下開催中である
むかれたリンゴの皮だけを殘して
後はパラフィン紙に包みたいと思ひますよ
神妙なカリカチュアは天国行チィケットである。
所で我等が教授連は朝風呂が大好きで
プレンソーダの如く變装を好むべきだつたのですが
やむなくネクタイ一つをして
水晶細工のサムライ達の直線を駈け上つた
シャボンが木の葉の樣に馳ける
一つ公開ラブレター朗読会をやつたら
さしづめ階段は感覚の最低でありませう。
破れた靴下が破れたシステムを覗いてゐる
教会の鼠はあまりにおしやべりな存在である
ために牧師はブリキの樣におとなしかつた
反對し給へ、晴雨計に分別を与へたまへ
若い詩人諸君
この樣に時勢は低空飛行を試みてゐるが
インクの道は木の葉の道ではないだらうか
派手な幼稚園といふ意味に於て
僕等は
ガラスの道を音たてずに歩く習慣をやめよう

【フルーツ・ポンチ】
電話のある街角では
もはや沐浴の肩は見えない
馭者の羽根に蝶々を縫ひ
あたりの所有を伏せた
次の街角からは
門をとざして
秩序の股にナイフを置くと
やがてかどかどのランプのともりが
植物の約束をやぶいて
幼猿の腰をまはるく通りすぎた
何時か蜜色の海は鈍角を失ひ
骰子の靜かな走法と拡りに
白い鞭を捨てて
大胆な愛情をかかへ
退屈な破爪に液体を浸した

【葉脈と時間】
埒外の招待に裸体がある
透明ないきものの制約に孕まれて
復讐の樹蔭は晦渋を祝ふといふ
遠く近く窓を装ふ独樂に
閉ざされた漂浪の白い海
それもやがて指の廻転に糊を盜み去つた

【碑】
湖水にちかい森の
清潔な誓のなげられたあたり
髪を伏せ 遠い肌に
素足のやうな眠りがいとなまれている
距離がむなしくめぐり
いくとせか
樹々が傾ける青い窓に
影は身をかはし
永劫にふれた指の
かたくなな表情にたほれてゐた
いつか路につらなり
言葉の彫琢につきそはれて
玻璃のかなしい時をあけ
雲のやうな庭をとほり
郷愁の傷つかぬがままに
うたは遠くなつていた

【独樂】
樹かげにひとり掟をさだめ たはむれの日日がつづく
鞭もなくそしてドリアの肌もなく
窓は肩の上にあつて道はせばめられてゐる
もえさしの祕法をとほして
海がいつしか影をもとめるとき
影をおとし むなしい一人のフォルムとなつて 鱗のやうにかさなる
ちいさな独樂
ふくよかに歸り
うたによせ
あなたはこまかな地圖をあつめて
じぶんの誕生をつくり
しろい触手をあらはにかたむけながら
にくたいのやうに動搖をささへてゐる
いつはりのあたひがとほり
かなしみの植物がとほり
せめてものロマネスクな盜みに
たたへられてなにげなく
少女のやうにあたへられ
水をもたないスチールに
その手はのび 音ををしんでさるのであらうか
署名もなく
夜にちかいするどさからも
はや波もおこらず
あなたの指にかぞへて
ニンフの戀のかたみにいくどかまねかれてゐた

【鞭のうた】
ひつそりとそれさへも道である
白くにほつてゐる
たたかひをいどむときも知らず
さては斷層のきざはしともならず
神にあらふ
さうして黙示のひややかな愛となる
しばらくは曲ることもない
ときぢくのよるべなさ

【花】
その庭のちいさなギリシヤから
淡々と きやしやな抵抗が作られ
み知らぬはぢらひが訪れた
それからあなたの純潔
それからあなたの追憶
ひつそりと影がきて
一瞬
白い罪を犯したやうな

【復讐】
ランプをあつめれば
あなたの喪章につづいて
哀しい鏡と
静かにおかれた影がある
ことさらの審判に
私のナイフはさびて
つづれをまとふた影がある
誰もゐないと
言葉だけが美しい

【神の歌】
水の悔恨がたへまない
いくへにも遠く 孤閨がえらばれて
にくたいが盗まれてゆく
ほのかに微風にもどり
かすかなもの 愛にうたせて
しづかに彫刻の肌ををさめてゐた
たへて醜(しこ)をくりかへし
神の
さぐれば かなしく
まねけば さすがにうなだれて

【聖餐】
ひとりひとりの純潔にはじまり
ゆたかな邂逅が掌をめぐつてゐる
約束にもたれて水をきり
一てきをとほく
かたみの鞭になげながら
かすかな歴史の肌となる――
靜かに風が吹いてゐた
小さな惡をとざす神の怒りから