竹内浩三

竹内浩三(たけうちこうぞう)1921〜1945
1921年5月12日、伊勢市吹上町の大きな呉服商の長男として産まれる。幼くして母と死別。明倫小学校を経て、宇治山田中学校へ入学、勉強は全くしないが、成績は全体の3分の1以内にはいっている。幾何が得意であったが、運動会ではいつもビリ、人並外れた陽気さで、よく周囲の人を笑わせていたという。岩波文庫や新青年を愛読する。浩三の父は、浩三が芸術の道に進むことを反対していたが、父の死後、中学を終えるや上京して、日大芸術科映画科に入学する。1942年6月、故郷に住む友人らとともに同人誌「伊勢文学」を創刊。詩や小説を発表する。同年10月、浩三21歳の時、三重県久居の歩兵第三十三連隊に入隊、初年兵教育を受ける。翌年1943年9月20日、西筑波の滑空部隊、のちの空挺部隊に転属になる。筑波での、1年3ヶ月の訓練の間、最初の3ヶ月を除き、日記を書きつづける。1944年12月、浩三の所属する空挺連隊はフィリピンに向けて出発する。12月19日に宇品を出航、フィリピンルソン島の西海岸にあるフェルナンド港に着く。激しい戦禍の中、島の山岳地帯を斜めに横断し、バギオに向かう。公報によれば、浩三は1945年4月9日バギオ北方の1052高地で戦死。遺骨は還らなかった。4月28日、バギオ北方のトリダート街道で、浩三らしき空挺部隊員を見た、という未確認情報もある。

『愚の旗―竹内浩三作品集』竹内浩三(私家版/1956)
『竹内浩三全集』小林察編(新評論社/1984)
『竹内浩三作品集』小林察編(新評論社/1989)
『竹内浩三全作品集―日本が見えない』小林察編(藤原書店/2001)
『戦死やあわれ』小林察編(岩波書店/2003)

【しかられて】
しかられて
外へは出たが
我が家から
夕餉の烟と
灯火の
黄色い光に
混ぜられた
たのしい飯の音がする
強情はってわるかった
おなかがすいた
風も吹く
三日月さんも
出て来たよ
あやまりに
行くのも
はずかしい
さらさら木の葉の
音がした

【夕焼け】
赤い赤い四角い形が
障子に落ちている
青い青い丸い葉が
赤い空気に酔っている
ひらひらとコーモリが
躍る
人は
静かに戸を閉めて
電気をつけて
汁をすする
赤い明るい西の空も
灰色にむしばまれる
そしてくろくなって
やがてだいやもんどに灯がつく
そして人は日記などつけて
灯を消し
一日が終わったと考えて
神に感謝して

【雲】
ふわふわ雲が飛んでいる
それは春の真綿雲
むくむく雲が湧いて来た
それは夏の入道雲
さっさと雲が掃いたよう
それは秋空 よい天気
どんより灰色 いやな雲
それは雪雲 冬の空
まあるい空のカンヴァスに
いろんな雲を描き分ける
お天道さんはえらい方

【東京】
東京はタイクツな町だ
男も女も
笑わずに
とがった神経で
高いカカトで
自分の目的の外は何も考えず
歩いて行く
東京は冷たい町だ
レンガもアスファルトも
笑わずに
四角い顔で
冷たい表情で
ほこりまみれで
よこたわっている
東京では
漫画やオペラが
要るはずだと
うなずける

【ある夜】
月が変圧器にひっかかっているし
風は止んだし
いやにあつくるしい夜だ
人通りもとだえて
犬の遠吠えだけが聞こえる
いやにおもくるしい夜だ
エーテルは一時蒸発を止め
詩人は居眠りをするような
いやにものうい夜だ
障子から蛾の死がいが落ちた

【空をかける】
蛍光を発して
夜の都の空をかける
風に指がちぎれ 鼻がとびさる
虹のように 蛍光が
夜の都の空に散る
風に首がもげ 脚がちぎれる
風にからだが溶けてしまう
蛾が一匹
死んでしまった

【あきらめろと云うが】
かの女を 人は あきらめろと云うが
おんなを 人は かの女だけでないと云うが
おれには 遠くの田螺の鳴声まで かの女の歌声にきこえ
遠くの汽車の汽笛まで かの女の溜息にきこえる
それでも
かの女を 人は あきらめろと云う

【横丁の食堂で】
はらをへらした人のむれに、僕は食堂横丁へながされていった
給仕女の冷たい眼に、なき顔になったのを、大きなどんぶりでもって人目からおおった。
えたいのしれぬものを、五分とながしこんでいたら、ぼくの食事が終った。
えらそうに、ビイルなどのんだ。ビイルがきものにこぼれて、「しもた」と思った。
金風(あき)の夕焼のなかで、ぼくはほんのりと酩酊して行った。

【よく生きてきたと思う】
よく生きてきたと思う
よく生かしてくれたと思う
ボクのような人間を
よく生かしてくれたと思う
きびしい世の中で
あまえさしてくれない世の中で
よわむしのボクが
とにかく生きてきた
とほうもなくさびしくなり
とほうもなくかなしくなり
自分がいやになり
なにかにあまえたい
ボクという人間は
大きなケッカンをもっている
かくすことのできない
人間としてのケッカン
その大きな弱点をつかまえて
ボクをいじめるな
ボクだって その弱点は
よく知ってるんだ
とほうもなくおろかな行いをする
とほうもなくハレンチなこともする
このボクの神経が
そんな風にする
みんながみんなで
めに見えない針で
いじめ合っている
世の中だ
おかしいことには
それぞれ自分をえらいと思っている
ボクが今まで会ったやつは
ことごとく自分の中にアグラかいてる
そしておだやかな顔をして
人をいじめる
これが人間だ
でも ボクは人間がきらいにはなれない
もっとみんな自分自身をいじめてはどうだ
よくかんがえてみろ
お前たちの生活
なんにも考えていないような生活だ
もっと自分を考えるんだ
もっと弱点をしるんだ
ボクはバケモノだと人が言う
人間としてなっていないと言う
ひどいことを言いやがる
でも 本当らしい
どうしよう
ひるねでもして
タバコをすって
たわいもなく
詩をかいていて
アホじゃキチガイじゃと言われ
一向くにもせず
詩をかいていようか
それでいいではないか

【日本が見えない】
この空気
この音
オレは日本に帰ってきた
帰ってきた
オレの日本に帰ってきた
でも
オレには日本が見えない
空気がサクレツしていた
軍靴がテントウしていた
その時
オレの目の前で大地がわれた
まっ黒なオレの眼奬が空間に
とびちった
オレは光素(エーテル)を失って
テントウした
日本よ
オレの国よ
オレにはお前がみえない
一体オレは本当に日本に帰ってきているのか
なんにもみえない
オレの日本はなくなった
オレの日本がみえない

【雲】
空には
雲がなければならぬ
日本晴れとは
誰がつけた名かしらんが
日本一の大馬鹿者であろう
雲は
踊らねばならぬ
踊るとは
虹に鯨が
くびをつることであろう
空には
雲がなければならぬ
雲は歌わねばならぬ
歌はきこえてはならぬ
雲は
雲は
自由であった

【曇り空】
この期におよんで
じたばたと
詩をつくるなんぞと言うことは
いやさ、まったくみぐるしいわい
この期におよんで
金銭のことども
女のことども
名声のことどもに
頭をつかうのは、わずらわしゅうてならぬ
ひるねばかりして
ただ時機をまつばかり
きょうも
喫茶店のかたい長イスの上にねころがって
曇り空をみている

【宇治橋】
ながいきをしたい
いつかくる宇治橋のわたりぞめを
おれたちでやりたい
ながいとしつき愛しあった
嫁女(よめじょ)ともども
息子夫婦ともども
花のような孫夫婦にいたわられ
おれは宇治橋のわたりそめをする
ああ おれは宇治橋をわたっている
花火があがった
さあ おまえ わたろう
一歩一歩 この橋を
泣くでない
えらい人さまの御前(ごぜん)だ
さあ、 おまえ
ぜひとも ながいきをしたい

【わかれ】
みんなして酒をのんだ
新宿は、雨であった
雨にきづかないふりして
ぼくたちはのみあるいた
やがて、飲むのもお終いになった
街角にくるたびに
なかまがへっていった
ぼくたちはすぐいくさに行くので
いまわかれたら
今度あうのはいつのことか
雨の中へ、一人ずつ消えてゆくなかま
おい、もう一度、顔をみせてくれ
雨の中でわらっていた
そして、みえなくなった

【三ツ星さん】
私のすきな三ツ星さん
私はいつも元気です
いつでも私を見て下さい
私は諸君に見られても
はづかしくない生活を
力一ぱいやりまする
私のすきなカシオペア
私は諸君が大すきだ
いつでも三人きっちりと
ならんですゝむ星さんよ
生きることはたのしいね
ほんとに私は生きている

【雨】
さいげんなく
ざんござんごと
雨がふる
まっくらな空から
ざんござんごと
おしよせてくる
ぼくは
傘もないし
お金もない
雨にまけまいとして
がちんがちんと
あるいた
お金をつかうことは
にぎやかだからすきだ
ものをたべることは
にぎやかだからすきだ
ぼくは にぎやかなことがすきだ
さいげんなく ざんござんごと
雨がふる
ぼくは 傘もないし お金もない
きものはぬれて
さぶいけれど
誰もかまってくれない
ぼくは一人で
がちんがちんとあるいた
あるいた

【五月のように】
なんのために
ともかく 生きている
ともかく
どう生きるべきか
それは どえらい問題だ
それを一生考え 考えぬいてもはじまらん
考えれば 考えるほど理屈が多くなりこまる
こまる前に 次のことばを知ると得だ
歓喜して生きよ ヴィヴェ・ジョアイユウ
理屈を云う前に ヴィヴェ・ジョアイユウ
信ずることは めでたい
真を知りたければ信ぜよ
そこに真はいつでもある
弱い人よ
ボクも人一倍弱い
信を忘れ
そしてかなしくなる
信を忘れると
自分が空中にうき上がって
きわめてかなしい
信じよう
わけなしに信じよう
わるいことをすると
自分が一番かなしくなる
だから
誰でもいいことをしたがっている
でも 弱いので
ああ 弱いので
ついつい わるいことをしてしまう
すると たまらない
まったくたまらない
自分がかわいそうになって
えんえんと泣いてみるが
それもうそのような気がして
あゝ 神さん
ひとを信じよう
ひとを愛しよう
そしていいことをうんとしよう
青空のように
五月のように
みんなが
みんなで
愉快に生きよう
ボクの20回目の誕生日の日、これをボクのために
そしてボクのいい友だちのためにつくる

【愚の旗】
人は、彼のことを神童とよんだ
小学校の先生のとけない算術の問題を、一年生の彼が即座にといてのけた。
先生は自分が白痴になりたくなかったので、彼を神童と云うことにした。
人は、彼を詩人とよんだ。
彼は、行をかえて文章をかくのを好んだからであった。
人は、彼の画を印象派だと云ってほめそやした。
彼は、モデルなしで、それにデッサンの勉強をなんにもせずに、
女の画をかいていたからであった。
彼はある娘を愛した。その娘のためなら、自分はどうなってもいいと考えた。
彼はよほどのひま人であったので、そんなことでもしなければ、日がたたなかった。
ところが、みごとにふられた。彼は、ひどく腹を立てて、こんちくしょうめ、
一生うらみつづけてやると考え、その娘を不幸にするためなら
自分はどうなってもいいと考えた。
しかしながら、やがて、めんどうくさくなってやめた。
すべてが、めんどうくさくなって、彼はなんにもしなくなった。
ニヒリストと云う看板をかかげて、
まいにち、ひるねにいそしんだ。
その看板さえあれば、公然とひるねができると
考えたからであった。
彼の国が、戦争をはじめたので、彼も兵隊になった。
彼の愛国心は、決して人後におちるものではなかった。
彼は、非愛国者を人一倍にくんだ。
自分が兵隊になってから、なおさらにくんだ。
彼は、実は、国よりも、愛国と云うことばを愛した。
彼は臆病者で、敵がおそろしくてならなかった。はやく敵をなくしたいものと、
敵をたおすことにやっきとなり、勲章をもらった。
彼の勲章がうつくしかったので、求婚者がおしよせ、それは門前市をなした。
彼は、そのなかから一番うつくしい女をえらんで結婚した。
私よりもいい人を…と云って、離れていったむかしの女に義理立てをした。
なにをして生きたものか、さっぱりわからなかった。なんにもせずにいると、
人から、ふぬけと云われると思って、古本屋をはじめた。
古本屋は、実に閑な商売であった。
その閑をつぶすためには、彼は、哲学の本をまいにち読んだ。
哲学の方が、玉突きより面白いと云うだけの理由からであった。
子供ができた。
自分の子供は、自分である。自分は哲学を好む、しかるが故に、この子も哲学を好むと
シロギスモスをたてた。
しかし、子供は、玉突きを好んだ。
彼は、一切無情のあきらめをもって、また、ひるねにいそしんだ。
一切無情であるが故に、彼は死んだ。
いろはにほへとちりぬるを。

【金がきたら】
金がきたら
ゲタを買おう
そう人のゲタばかり かりてはいられまい
金がきたら
花ビンを買おう
部屋のソウジもして 気持ちよくしよう
金がきたら
ヤカンを買おう
いくらお茶があっても 水茶はこまる
金がきたら
パスを買おう
すこし高いが 買わぬわけにもいくまい
金がきたら
レコード入れを買おう
いつ踏んで わってしまうかわからない
金がきたら
金がきたら
ボクは借金をはらわねばならない
すると 又 なにもかもなくなる
そしたら又借金をしよう
そして 本や 映画や うどんや スシや バットに使おう
金は天下のまわりもんじゃ
本がふえたから もう一つ本箱を買おうか

【又、季節について】
トオキョオの五月の夕方はとてもいい。
 ヤマダの八月の夕方の空気である。
 人の声のひびき具合や電灯の光の色や、空気のはだざわりは、
 ヤマダの八月そっくりである。
 夕飯をたべて外に出ると、いつもそう思う。
 ヤマダの夏の夕方はとてもきれいだ。
 雲がいい。そして、空気がいい具合にしめっぽくて、白い光がただよう。
 遊んでいる子供の声が変にワンワン響き、
 そして、カワホリが飛び出してくる。
 それが、そっくりトオキョオの五月の夕方なのだ。

【麦】
銭湯へゆく
麦畑をとおる
オムレツ形の月
大きな暈をきて
ひとりぼっち
熟れた麦
強くにおう
かのおなごのにおい
チイチイと胸に鳴く
かのおなごは
いってしまった
あきらめておくれと
いってしまった
麦の穂を噛み噛み
チイチイと胸に鳴く

【海】
ぼくが 帰るとまもなく
まだ八月に入ったばかりなのに
海はその表情を変えはじめた
白い歯をむき出して
大波小波を ぼくにぶっつける
ぼくは 帰るとすぐに
誰もなぐさめてくれないので
海になぐさめてもらいにやってきた
海はじつにやさしくぼくを抱いてくれた
海へは毎日来ようと思った
秋は 海へまっ先にやってくる
もう秋風なのだ
乾いた砂をふきあげる風だ
ぼくは眼をほそめて海を見ておった
表情を変えた海をばうらめしがっておった

【涙も出ずに】
踏切のシグナルが 一月の雨にぬれて
ぼくは 上りの終列車を見て
柄もりの水が手につめたく
かなしいような気になって
泣きたいような気になって
わびしいような気になって
それでも 溜息も涙も出ず
ちょうど 風船玉がかなしんだみたい
自分が世界で一番不実な男のような気がし
自分が世界で一番いくじなしのような気がし
それに それがすこしも恥しいと思えず
とほうにくれて雨足を見たら
いくぶんセンチメンタルになって
涙でも出るだろう
そしたらすこしはたのしいだろうが
その涙すら出ず
こまりました
こまりました

【冬に死す】
蛾が
静かに障子の桟からおちたよ
死んだんだね
なにもしなかったぼくは
こうして
なにもせずに
死んでゆくよ
ひとりで
生殖もしなかったの
寒くってね
なんにもしたくなかったの
死んでゆくよ
ひとりで
なんにもしなかったから
ひとは すぐにぼくのことを
忘れてしまうだろう
いいの ぼくは
死んでゆくよ
ひとりで
こごえた蛾みたいに

【ぼくもいくさに征くのだけれど】
街はいくさがたりであふれ
どこへいっても征くはなし かったはなし
三ヶ月もたてばぼくも征くのだけれど
だけど こうしてぼんやりしている
ぼくがいくさに征ったなら
一体ぼくはなにするだろう てがらたてるかな
だれもかれもおとこならみんな征く
ぼくも征くのだけれど 征くのだけれど
なんにもできず
蝶をとったり 子供とあそんだり
うっかりしていて戦死するかしら
そんなまぬけなぼくなので
どうか人なみにいくさができますよう
成田山に願かけた

【兵営の桜】
十月の兵営に
桜が咲いた
ちっぽけな樹に
ちっぽけな花だ
しかも 五つか六つだ
さむそうにしながら
咲いているのだ
ばか桜だ
おれは はらがたった

【夜通し風がふいていた】
上衣のボタンもかけずに
厠へつっ走って行った
厠のまん中に
くさったリンゴみたいな電灯が一つ
まっ黒な兵舎の中では
兵隊たちが
あたまから毛布をかむって
夢もみずにねむっているのだ
くらやみの中で
まじめくさった目をみひらいている
やつもいるのだ
東の方が白んできて
細い月がのぼっていた
風に夜どおしみがかれた星は
だんだん小さくなって
光をうしなってゆく
たちどまって空をあおいで
空からなにか来そうな気で
まってたけれども
なんにもくるはずもなかった

【望 郷】
東京がむしょうに恋しい。
カスバのペペル・モコみたいに、
東京を望郷しておる。
あの街 あの道 あの角で
おれや おまえや あいつらと
あんなことして ああいうて
あんな風して あんなこと
あんなにあんなに くらしたに
あの部屋 あの丘 あの雲を
おれや おまえや あいつらと
あんな絵をかき あんな詩を
あんなに歌って あんなにも
あんなにあんなに くらしたに
あの駅 あのとき あの電車
おれや おまえや あいつらと
あああ あんなにあの街を
おれはこんなに こいしがる
赤いりんごを みていても

【南からの種子】
南から帰った兵隊が
おれたちの班に入ってきた
マラリヤがなおるまでいるのだそうな
大切にもってきたのであろう
小さい木綿袋に
見たこともない色んな木の種子
おれたちは暖炉に集まって
その種子を手にして説明をまった
これがマンゴウの種子
樟のような大木に
真っ赤な大きな実がなるという
これがドリアンの種子
ああこのうまさといったら
気も狂わんばかりだ
手をふるわし 身もだえさえして
語る南の国の果実
おれたち初年兵は
この石ころみたいな種子をにぎって
消えかかった暖炉のそばで
吹雪をきいている

【白い雲】
満州と云うと
やっぱし遠いところ
乾いた砂が たいらかに
どこまでもつづいていて
壁の家があったりする
そのどこかの町の白い病院に
熱で干いた唇が
枯草のように
音もなく
山田のことばで
いきをしていたのか
ゆでたまごのように
あつくなった眼と
天井の
ちょうど中ごろに
活動写真のフィルムのように
山田の景色がながれていたのか
あゝその眼に
黒いカーテンが下り
その唇に
うごかない花びらが
まいおちたのか
楽譜のまいおちる
けはいにもにて
白い雲が
秋の空に
音もなく
とけて
ゆくように
「竹内浩三集」より

【兵隊になるぼくは】
蘇州の町に
ぼくは行ったことはない
けれど
おやぢが支那みやげにかってきた
どす赤いその町の絵図を
ぼくは、ひきだしにいれている
兵隊になるぼくは
蘇州をおもう
寒山寺をおもう
あそこなら
三度くらい 歩哨にたたされてもいいなと