後藤謙太郎

後藤謙太郎(ごとうけんたろう)1895〜1925
大正期の反逆的な詩人,反軍運動家。熊本県葦北郡日奈久町(八代市)生まれ。彼が生まれてまもなく父親が死んだ。親戚に保証をたのまれたのが原因で、商売をしていた一家が倒産し、炭坑へ夜逃げをした直後のことである。ものごころついた頃から、ヤマで働いていた。小さな肩に重いモッコをかつぎ、大人たちを相手におおきすぎるシャベルをふるった。そしていつしか鉱夫として、また渡り人足として三井三池,松島,伊田などの炭鉱中心に底辺の労働生活を続けた。彼は少年時代、『日本少年』に投稿して、俳句欄の「天」賞をとったことがあり、この頃から折々にふれて短歌や詩をつくることをおぼえた。貧窮の中に反軍,反戦活動やアナキズム運動にも力を注いだ。吉田一らの労働社,中浜哲らのギロチン社にも関係。労働や運動のため,国内各地や満州(中国東北部)をまわったので,上田,栃木,宇都宮,熊本,東京,市ケ谷,千葉など各地の監獄にも繋がれるが,その各地から『労働者』『小作人』『関西労働者』『労働者詩人』などに詩,短歌を寄せた。大正11(1922)年岡山,金沢などで兵隊に反軍のビラをまいた軍隊宣伝事件で2年の刑に処せられ,刑期も半ばをすぎた大正14年1月20日厳寒の朝、服役中の東京巣鴨監獄の鉄格子に細ひもをかけ自殺した。彼の身許引受人となっていた村木源次郎は、市ヶ谷刑務所内に収監されていたところ1月23日仮死状態で仮出獄し、後藤におくれること4日後の24日に息をひきとった。その村木にかわって、和田栄太郎と大久保卯太郎の2人が後藤の遺骸を引き取りにゆき、2人の合同葬は2月1日、小石川道栄寺で行われた。

『反逆者の牢獄手記』後藤謙太郎(行動者出版部/1928)
『雪の線路を歩いて』後藤謙太郎(新日本出版社/1987)
『採炭夫の歌』後藤謙太郎(新日本出版社/1987)
『労働放浪監獄より 後藤謙太郎遺稿』後藤謙太郎(黒色戦線社/1991)

【採炭夫の歌】
底だ 底 底 どん底だ
この世の底だ どん底だ
もしも堤防が崩れたなら
瓦斯ガスが爆發したならば
水攻め 火攻め その上に
天井がバレたら生き埋めだ

底の底なるどん底に
この世の底のどん底に
俺は炭掘る採炭夫

飽食暖衣のブルジョアの
****が見憎けりや
腕にゃ覚えたツルがある
汚れた世界の果までも
赤い血潮で染めてやる

【無題】
ひとのため 社会のためと
云う奴の 腹の底まで
俺には分かるぞ

人生は何うの 斯うのと云うのかい
生き度いからだ
生きて行くのは

何とでも理屈をつけて
生きて行け
胡麻化して行け 行ける間は

飯を喰ひ
糞をたれ行く人生が
俺には すなわち生の充実

高遠の理想とやらが何になる
糞でも喰へ--
飯が喰へぬのに

飯も喰へず 眼ばかり
パチパチさせ乍ら
霊長などと済まして居れるか

暑い日に 田の草取るのと
代議士の 地方遊説は
いづれが尊き

碌々に
性の要求も満たされぬ
俺が悪いか 制度が悪いか

ヒネクレたこの根性は
恐らくは
子供の時には無かった筈だが

平凡に たゞ平凡に暮らせと
俺に勧めし
彼の非凡人

【雪の線路を歩いて】
貧しさの爲に俺は歩けり
ひとすぢの道 雪の線路を俺は歩けり
貧しさの爲に歩ける俺には
火を吐きて 煙を擧げて
罵る如く 汽笛を鳴らして
走りゆくあの汽車が憎し
文明の利器なれども俺には憎し
ひもじさの爲に疲れて歩ける俺には
それ食へがしに汽車の窓より
殻の辨當を投げつくる人の心が憎し

とりわけて今 村を追はれて歩ける俺には
スチームに温められて
安らかに旅する人の心はなほ憎し
われ等が汗にてなりし
秋の収穫を取り去る代りに
彼の恐ろしき文明の病毒を運び來る
あの汽車は
毒蛇のごとくたまらなく憎し

毒蛇のごとくたまらなく憎きはあの汽車
野獸の呪ひのごとく 夜も日も唸りて
若き男女の幾群を
あゝ痛ましき都會の工場に送り出す
たまらなく憎きはあの汽車
(五行抹消)
貧しさの爲に歩ける俺には
村を追はれて歩ける俺には
ひとすぢの道 雪の線路を歩ける俺には
文明の利器なれどもたまらなく憎し

【闇に戰く】
煤煙 塵芥 漲る毒瓦欺
日光は閉され 空氣は濕り
汚物の臭ひ タールの臭ひ
さてまた機械のやみなき騒音
心は亂され 眠りは奪はる
闇の底から呻きがもれ來る
肺病喘息の咳がふるへる
雪の降る日に子共が踊る
泣くよな聲で唄つて見て行く
哀れ少女が嫁ぎに出掛ける
雪の降る夜に嫁ぎに出掛ける
肉の切り賣り パンの一片
どん底の生活制度の悪夢
工場を追はれ社會を追はれ
仕事を奪はれ 權利を奪はれ
自由を奪はれ 長屋に追はれる
光も熱も 朝の空氣も
唯一枚の新聞も奪はれ
飢と寒さにみんなが戰く
どん底の生活 闇に戰く

【火の舞踊】
秋は來た
凋落の秋が來た
背を伸ばし
獄舎の窓より見渡せば
おゝ——野に山にさてはまた
森に林に凋落の
見よ傷ましい秋は來た

秋が來たのだ わが友よ
工場の友よ
ほろび行く
汝が靑春の血を惜しめ

ハンマ振りすて 野に出でよ
野には榮華に醉ひ果てし
あゝ枯草がうちなびく

この枯草に火を放て
放ちて踊れ火の舞踊
生の歡喜の火の舞踊
われとわが身の燃ゆるまで
踊りつくせよ火の舞踊
そのあとにのみ とこしへの
われ等の春の芽が生る