山田塊也

山田塊也(やまだかいや〈通称ポン〉)1937〜2010
1937年岐阜県高山市生まれ。幼少時の大半を病床で過ごし、脊椎カリエスを患い、「せむし」となる。1955年に高校中退後、磁器・画工となり、1958年に京都にて友禅染・画工に。1960年に街頭似顔絵業を開業。上京後は画家を志すも新宿ビートニックとの出会いをきっかけに、放浪の旅に出る。1967年コミューン運動“部族”を結成。1972年ヤマハ日本楽器の諏訪之瀬島観光開発計画に反対し、1974年東京・国分寺にCCC太使館というコミューンを築き、ヤマハボイコット運動を展開。1975年奄美・枝手久闘争ではコミューン無我利道場を建設、以後7年間石油基地反対闘争にかかわる。1983年爆発物取締罰則にて逮捕される。出所後は東京にて獄中者救援運動に取り組む。1987年飛騨高山に帰郷。アメリカインディアン運動、反原発運動などに参加。2000年に高山より穂積を経て秩父に移住。2010年4月26日、埼玉にて死去。

『詩集ポン』山田塊也(自費出版/1971年)
『奄美独立革命論』共著(三一書房 /1981)
『アイアムヒッピー』山田塊也(第三書館/1990)
『マリファナX』共著(第三書館/1995)
『トワイライト・フリークス』山田塊也(ビレッジプレス/2001)
『麻里花詩集』山田塊也(自費出版/2004年)
『アイアムヒッピー』山田塊也(森と出版/2013)

【ニーラカンタ(青いのど)】
インド神話によれば天地創造のその昔
乳海撹拌によって発生した猛毒から
生きとし生けるものを護るため
大神シヴァがその毒を呑み干したところ
のどに青い痣ができたので
ニーラカンタという渾名がついたとか

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おゝ 死と破壊の大神ニーラカンタよ!
150年の周期を迎えて 発生間近な
東海巨大地震の災禍から
生きとし生けるものを護るため
原発事故による破壊を破壊し
放射能の毒を 呑み干したまえ!

電力会社のネクタイ野郎は抜かしたものよ
浜岡原発はマグニチュード8.5の地震にも
耐えられるように設計してあるだと
大地が裂けても 原発だけは蝶番のように
つながっているとでも言うのかい?
馬鹿ぬかせ そこは震源域の真上だぞ!
塀という塀は倒れ 建物はすべて崩れる
電気ケーブルや冷却水のパイプは破断し
空焚きの原子炉は一気に加熱するだろう
それが爆発して 放射能を空中に放出し
メルトダウンまでに 何分かかるのだ?

その時だ シヴァの奇蹟が起こるのは
見よ 太平洋の彼方から 喚声を上げて
魔物のように押し寄せてる巨大な津波が
爆発寸前の原子炉や従業員の命を呑み込み
原初の闇の底へ運び去るのは
やがて御前崎の沖合の大海原が
不気味なまでに青ずんで 白い腹を浮かべた
鯨やイルカや魚などの累々たる屍が
ニーラカンタの首飾りとなるだろう
シヴァ シヴァ シヴァ シャンボー!

しかし それは希望的観測とやら
津波より先に 原子炉が臨界爆発すれば
四基の原発が連鎖反応を起こし
大量の放射能が 天空高く舞い上がり
原発の残骸と周辺住民の累々たる屍を
津波が洗い浄める頃には 死の灰が
日本列島の上空を覆い尽くすだろう
ハラ ハラ ハラ シャンボー!

神々とアシュラたちの戦い続く神話的現 在
シヴァの奇蹟は あるのか ないのか?
あると思えば一服「ボム シャンカール!」
ないと思えばピースウォークに参加したり
「とめよう裁判」の原告になったりして
一日も早く みんなで止めるしかあるまい

やって来る やって来る
東海地震が やって来る
止めようぜ 止めようぜ
浜岡原発 止めようぜ
シャンカラ シヴァ シャンカラ シヴァ
シャンボー マハデヴァ シャンカラ シヴァ