立中潤

立中潤(たてなかじゅん)1952〜1974
愛知県に生まれる。本名、山崎秀二。中学時代、文学・歴史に興味を抱き、河上肇の『第二貧乏物語』に深い感銘を受け、立原道造、中原中也、石川啄木を愛読する。1970年、早稲田第一文学部に入り、革マル系の運動にのめり込む。この頃、ガリ版刷りの個人誌を発行する。大学卒業後、地元の信用金庫に就職するも、23歳の若さで縊死した。

『彼岸』立中潤(私家版/1974)
『「彼岸」以後』立中潤(漏刻発行所/1976)
『叛乱する夢 立中潤遺稿 詩・評論』立中潤(弓立社/1979)
『闇の産卵 立中潤遺稿 日記・書簡』立中潤(弓立社/1979)

『彼岸』
目蓋にかかってくる幾匹もの蝶の死骸
はじき出されてしまった世界を
盲目で見つめて
深く倒れ 衰弱の意味を生かしめようと
背負う萎縮した核のようなもの
泳ぐ金魚の視線の鋭角に屈折する地点で
巨大な爆発音をとりこむ
その片側で素直な魚達
が鰭を揺らしてねじれていた
負性の群れ達を陰気に殺すそのねじれ
に親しく彷徨う陽炎があり 彼らの
しぼんだ唇から
白い空気が無闇に流れこんでくるとき
夥しい瀕死の蛆虫が這いまわり
生の卵巣に帰館しようともがく
しわだらけの革命歌は遠ざかり
街路にうち捨てられた足音・足跡が
かき乱す砂
無数の傷痕にひび割れる顔
を垂直に晒して砂の上に立った
立たねばならない場処でたつと
無黙の闇部へ吸い込まれてしまった
その内側で孵化する幾多の生の虫は
まっくらい火葬のなかで自死を死にきり
夢の芽の萌える風景を踏んづけた足音
で敵の森を漂う影の秘部!
苦い果実の残り粕をころがしている身体!
の底辺からぼたぼた血痕を滴らせ
ラブ・ストーリーの雪を汚し
血塗りぼ館を叛乱の一端
にひきづりこんでゆくとき
粉まぶしのままに
鳥の堕落陰へ近づく
そして地上を素敵に放浪している人々の
困惑した鉛色の目玉を殺し
彼岸の墓地に肌寄せ
あおぐらい幻想の首をかかえこむ卒塔婆
にへばりつく現在の心臓
を横切る陰のようなもの
あるいは金魚の視線のようなもの
その位置で叛回転してゆく世界の最先端!
口唇がかさかさに乾き果て
増水するプール
に浮かぶ気泡のごとき異称
昨日くずれだした事物の型……
昨日くずれだした観念の型……
うようよあふれてくる炎
をつぶし 煙草をつぶし
化膿した陰部をつぶす……と
大きな紫陽花が梅雨の空の下で
花開いてくる 閉じて冷たい世界
が次第に解説し 青臭くしたたり始めるのだ
墜落が飛翔に重なり
病んだ液汁を大量にたらす時代の臓腑
めぐじゃぐじゃに乱れるところで
彼岸を目指してひろがろうとする生の固まりだけ
を何故に負目でなだめねばならぬのか?