塩寺はるよ(しおでらはるよ)1914〜1934
愛知県新城町に生る。1925年春、濱松市に移轉。1931年、私立西遠高等女學校を卒。1932年10月、詩誌「呼鈴」同人に加盟し、翌年12月、アルクイユのクラブ員に推薦さる。1934年5月、病を得、濱松市にて逝去する。
『化粧匣の都邑 』塩寺はるよ(呼鈴詩社/1934)
【化粧匣の都邑】
※
見事な春の歸郷から
沖の太陽ときみを皺の白紙で拂つた
祭典のはしやぎに芽をふく海の對岸
ひねくれた花嫁さまがおでましになる
※
童話の風は春の頬に
まばゆい朝に船出する
切紙細工の掌で夢を呼びさまし
あなたもお聽き
古風な月の輪の手まりうたを
※
陽氣な唄にまどはされて
曇り日の林を行つたり來たりする
喜劇はそんなに仕組まれて
化粧匣に朝をつつんだ
あなたの頬の間から
寺院の柱が見えて來た
※
沖で見つけた家族の繪
ゆれる馬車で睡眠をもよほして
街の風評が雨の中を横切つた
【水色のランプ】
この誇を傷めまい
あなたの耳朶に搖られて石像はやさしく
葡萄畑におり立たう
にはかに歸る人聲が聞えると
影の人の
夜の會話は吐切れました
【美顔】
急使が着いた夢の夜には
はにかみさへも黄金色に輝く
隣人への挨拶も祈りと見せかけ
水色の帽子をかむり直す
エトワアル寺院の繪の前
【白い花束】
胸衣に想ひつめて
西班牙のカアド切つた
黒猫の卓子
ペルシ料理の夕は
硝子皿にも黄薔薇添へて
【聖日】
候鳥よりはやく
聖魚は影のやうな御微行振りで
そのバラの中に住まはれた
舘には不意に黄金色の焔が立つた
失明の民は樹の下に座して
はるかな地に海の水を捧げた
【愛のほとり】
しがない夢のたそがれは
ミニユオンヌの宿にもかすかな星色の灯がともつた
叙情詩娘も居るやうな
窓の轍により添ふて
無頼の輩は流行唄にうつゝを抜かした
【栗色のネクタイに添へて】
A M. Okamoto
ゴム輪に乗つて川を渡ると
草深いフイルムの林に人聲がする
あなたの髪を風が過ぎ
バラの微笑みならもう一度
【風説】
冷い觸感を掌にしるすと
青い海洋はなめらかな皮膚を殘して
遠い國へ逃れてゐつた
ランプの下の置き手紙
【マアブルの晴着】
小鳥のやうに晴れやかに
微笑は窓にとめませ
煙の見える丘に頭を打ち振り
出發の日に色添へる
數々の五月薔薇よ
【祭典】
晴れた日も青葉の下なら御自由に
木馬の舘も愛で燃え
かへらぬ會釋で行き過ぎる
【對岸】
白い路
肩をへだてて
ささやける銃眼よ
陽のかげや
歸還路に砂ぼこりを立てた
護謨(ゴム)の林も見ずに
【愛の日】
晴れた日は蝶々の夢など編んだ
遊びつかれて假睡する
青葉の膝に招かれて
けなげにも影とよれよれ
【春】
一
遠い象徴はランプの光よりも淡い
人を訪ねるあけ方から
虹のごとく頼りない
人形に祈りを捧げたり
二
陽の目も當らぬブドウ園の
やさしい水源の便りにも
あらそはれぬ
古代を眠る石のひと