モーゼスおばあさん(グランマ・モーゼス)の愛称で親しまれ、アメリカ人なら誰もが知る国民的画家、アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス(1860-1961)。無名の農婦から、70代で本格的に絵を描き始め、80歳の時ニューヨークで初めての個展を開きました。
生誕160年を機に特別に企画された本展は、国内で開催される回顧展としては16年ぶり。最初期の作品から100歳で描いた絶筆、また愛用品ほか関連資料まで、日本初来日を含む約130点を展示します。自然や素朴な暮らしを愛し、たくましく誠実に、素敵な100年を生きたモーゼスおばあさんの世界を紹介します。(チラシより)
「人は環境によってつくられる」というが、エミリー・ディキンソン、レイチェル・カーソン、ターシャ・テューダーが暮らしたのは、自然に恵まれたアメリカ北東部のニューイングランドだ。グランマ・モーゼス(アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス)が生まれたのも、ニューイングランドのバーモント州境にほど近いニューヨーク州ワシントン郡の小さな農村だった。
アメリカの建国の歴史はニューイングランドから始まった。17世紀にイギリスで起きたピューリタン革命による内戦で、迫害や弾圧を逃れてニューイングランドに移住したのがカルヴァン派やユニテリアン派やアマン派(アーミッシュ)のプロテスタントだった。彼らは絶対に戦わない。暴力を否定する。平和で平等な社会を目指した。ただひたすら自分と神の声あるいは聖霊との交信だけをした。
アメリカ人にとって「グランマ・モーゼス」とはアメリカの原風景そのものである。
グランマ・モーゼスの素朴絵画は、アメリカの植民地時代からの長い伝統であり“独学”の芸術である。70歳を過ぎてから本格的に絵を描き始め、アメリカ人なら誰もが知る国民的画家として己を貫いた生き方は、17世紀に強固な信仰と高潔な理想を胸に、100人あまりのプロテスタントがニューイングランドに入植以来、アメリカ人の魂に生き続けたいちずな信仰、自己に対するほとんど禁欲的なきびしさ、つつましさ、あるいは清貧の精神、理想主義的な“パイオニア・スピリット”、自己に率直に、誠実に生きると同時に、他人にも同様に接することで高まる共同体的な意識、あるいはきびし生活環境との闘いにとっても大きな意味を持つ家族の強力な絆などの総和から生まれてくる一種のアメリカン・スピリットであり、こうした精神は素朴な信仰に生きた古き良きアメリカ人の肖像でもある。だからこそ、グランマ・モーゼスは現在でも愛されているし、グランマ・モーゼスの絵画を観るという事は人間のほんとうの生き方を考える事でもある。
参考文献:『グランマ・モーゼスの贈りもの』 秦新二 文藝春秋