梁石日(やんよぎる)1936〜
1936年大阪生まれ。1950年代後半より、在日朝鮮人の解放闘争にかかわりながら、金時鐘らと同人雑誌『チンダレ』『カリオン』を刊行する。29歳のときに事業に失敗し、莫大な借金をかかえ大阪を出奔、各地を放浪。東京でタクシー運転手を10年務めたのち、作家生活に入る。
『夢魔の彼方へ』梁石日(梨花書房/1980)
『夢魔の彼方へ』梁石日(ビレッジセンター出版局/1998)
【されど暁に】
いまは
絶望のとき
遠近法にの未来をぼんやり眺めながら
古典楽にも似た遠い銃声の
美的感覚の胸酔のなかで
いまは
快楽のとき
おれの内蔵を
やさしくむごく愛撫する美しい手の
いまは
屈辱のとき
ふかぶかと
ふかぶかと息づく夜の底で
おれは笑う
声なき叫びにおののきながら
いまは
孤独のとき
暗闇で残虐な殺戮のシーンを観ていると
不意に覚える欲情の
いまは
裏切りのとき
わがいとしい肉体よ
生きながらえるのだ
おまえが死に値するために
いまは
無言のとき
おそろしく無駄な議論をくりかえし
その大きな口で食べる飲む
すべてのものことごとく
いまは
憎しみのとき
飢餓に追われて亡霊のように彷徨いながら
突然ふき出すおれの血よ
いまは
復習のとき
死ね! おれの詩よ
わが国土の腹わたで
名もなき一兵卒が死んだように
いまは
正義のとき悪徳のとき
死を生き生き死に
すべて肉体は腐りはてるのだ
いまは
飢えと錯乱のとき
わが糞を喰らい
見まもる群衆にむかって笑いかける
苦い涙が溢れるほどに
そしていまは
自由のとき
殺戮の自由死の自由拘束の自由逃亡の自由言葉の自由愛の自由増悪の自由
孤独の自由絶望の自由倦怠の自由働く自由性の自由選択の自由自由の自由
偉大なる自由を
おまえはなぜ自由なのか