八木重吉(やぎじゅうきち)1898〜1927
東京都(現)町田市生まれ。東京高師英文科卒。この間に北村透谷や三木露風などに関心をもつ(暮鳥晩年の影響もあるか)。同時に聖書に親しみ1919年に受洗。その後傾倒していた内村鑑三の影響により無教会主義の信仰に近づき以降終生独りで聖書の勉強を続け独自の純粋素朴で敬虔な信仰生活を貫いた。1921年、卒業と同時に兵庫県に英語教師として赴任。のちの妻への思いを主動機として多くの短歌や詩作を試みる。1922年結婚。この頃より詩作に専念し詩と信仰生活の合一を目指す。1925年千葉に転任。同年処女詩集『秋の瞳』を刊行。これを機に佐藤惣之助の「詩之家」同人となり、「日本詩人」などに多くの作品を発表。翌1926年、すでに肺結核第二期と診断され休職、療養しながらも詩作を続けたが1927年没した。
『秋の瞳』八木重吉(私家版/1925) hhttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/915569
『貧しき信徒』八木重吉(私家版/1928)
『八木重吉全集』八木重吉(筑摩書房/1982)
【花がふってくると思う】
花がふってくると思う
花がふってくるとおもう
この てのひらにうけとろうとおもう
【涙】
つまらないから
あかるい陽のなかにたってなみだを
ながしていた
【秋】
こころがたかぶってくる
わたしが花のそばへいって咲けといえば
花がひらくとおもわれてくる
【風が鳴る】
とうもろこしに風が鳴る
死ねよと 鳴る
死ねよとなる
死んでゆこうとおもう
【美しくすてる】
菊の芽をとり
きくの芽をすてる
うつくしくすてる
【美しくみる】
わたしの
かたわらにたち
わたしをみる
美しくみる
【ある日】
こころ
うつくしき日は
やぶれたるを
やぶれたりとなせど かなしからず
妻を よび
児をよびて
かたりたわむる
【憎しみ】
にくしみに
花さけば
こころ おどらん
【夜】
夜になると
からだも心もしずまってくる
花のようなものをみつめて無造作にすわっている
【日が沈む】
日はあかるいなかへ沈んではゆくが
みている私の胸をうってしずんでゆく
【壁】
秋だ
草はすっかり色づいた
壁のところへいって
じぶんのきもちにききいっていたい
【不思議】
こころが美しくなると
そこいらが
明るく かるげになってくる
どんな不思議がうまれても
おどろかないとおもえてくる
はやく
不思議がうまれればいいなあとおもえてくる
【草をむしる】
草をむしれば
あたりが かるくなってくる
わたしが
草をむしっているだけになってくる
【西瓜を喰おう】
西瓜をくおう
西瓜のことをかんがえると
そこだけ明るく 光ったようにおもわれる
はやく 喰おう
【神の道】
自分が
この着物さえも脱(ぬ)いで
乞食(こじき)のようになって
神の道にしたがわなくてもよいのか
かんがえの末は必ずここへくる
【冬】
悲しく投げやりな気持でいると
ものに驚かない
冬をうつくしいとだけおもっている
【霜】
地はうつくしい気持をはりきって耐(こ)らえていた
その気持を草にも花にも吐けなかった
とうとう肉をみせるようにはげしい霜をだした
【冬】
葉は赤くなり
うつくしさに耐えず落ちてしまった
地はつめたくなり
霜をだして死ぬまいとしている
【日をゆびさしたい】
うすら陽(び)の空をみれば
日のところがあかるんでいる
その日をゆびさしたくなる
心はむなしく日をゆびさしたくなる
【くろずんだ木】
くろずんだ木をみあげると
むこうではわたしをみおろしている
おまえはまた懐手(ふところで)しているのかといってみおろしている
【ひかる人】
私をぬぐうてしまい
そこのとこへひかるような人をたたせたい
【犬】
もじゃもじゃの 犬が
桃子の
うんこを くってしまった
【柿の葉】
柿の葉は うれしい
死んでもいいといってるふうな
みずからを無(な)みする
その ようすがいい
【涙】
めを つぶれば
あつい
なみだがでる
【雲】
あの 雲は くも
あのまつばやしも くも
あすこいらの
ひとびとも
雲であればいいなあ
【水や草は いい方方である】
はつ夏の
さむいひかげに田圃がある
そのまわりに
ちさい ながれがある
草が 水のそばにはえてる
みいんな いいかたがたばかりだ
わたしみたいなものは
顔がなくなるようなきがした
【かなしみ】
かなしみを乳房のようにまさぐり
かなしみをはなれたら死のうとしている
【冬】
ながいこと考えこんで
きれいに諦めてしまって外へ出たら
夕方ちかい樺色の空が
つめたくはりつめた
雲の間に見えてほんとにうれしかった
【病床無題】
人を殺すような詩はないか
【無題】
息吹き返させる詩はないか
【梅】
眼がさめたように
梅にも梅自身の気持がわかって来て
そう思っているうちに花が咲いたのだろう
そして
寒い朝霜ができるように
梅自からの気持がそのまま香(におい)にもなるのだろう
【雨】
雨は土をうるおしてゆく
雨というもののそばにしゃがんで
雨のすることをみていたい