福田敏雄

福田敏雄(ふくだとしお)1910〜1936
旭川市生まれ。昭和2年旭川中学卒。江別の発電所に勤めたり、旭川市役所の土木測量臨時職員。病弱、寡黙で真摯、温雅な生涯を結核で早逝した。

『福田敏雄詩集』福田敏雄(北海道詩人協会/1938)

【記念】
終りを美しくするために
人は弔花を贈つて呉れる
亡き人はその中に顔を埋めて只管に哭く
人が植物を育てるのは
花を手折つて花環をつくるためばかりだ
<レモンはレモネードをしぼるためにある>と曰ふ
詩人なれば佳き詩を書かねばならぬ
さまよう神に連れられて
一日のうちに遠くへ行つてしまうとき
詩人よ薔薇のやうな詩を置いて終りを飾れ

【無題】
河は流れる セエヌの流れ
哀しびだけを殘して ミラボオ橋に
人は死んでゆく
遺稿だけを置いて流れの樣に死んでゆく
哀しびもともに亡びる
河よりも 儚ない人生に遺稿だけは流れない
追悼の文がそれを飾り
故人を偲ぶ 胸を打つ
人は死んでゆく 哀しびを抱いて
私も死んでゆく 哀しびを抱いて

【春が來て】
朝は希望のためにパンが焦げる
器用な枝の中に春が來て鳥が來る
私の部屋にも日があたる
涙がこぼれる それだけの幸福
退屈な木柵に日向がしばらく遊んでゐる
私はまぶしくそれ等を送別して
夕べは悔のためにパンが焦げる

【朝のうちに】
朝のうちに小鳥らはいゝ歌をうたつてしまう
お天氣がよければ植木屋が來て
そのよく光る鋏が一日中囀つてゐる
部屋に窓があるのは