須一まさ子(すいちまさこ)1911〜1933
岡山市にて出生。本名正子。出石小学校卒。市立女子商業校卒。1929年、詩誌「柚子の実」創刊。月刊の謄写版刷り。合評会も開いた。以後岡山県の「星座詩社」、富山県の「女人詩社」、東京の「牧神」誌などに参加。詩だけでなく随筆や批評文もよくのせた。20歳後半から病みだした様子。1933年11月、岡山市の自宅で死去。
『須一まさ子遺稿詩集』坂本明子刊(非売品/1992)
【樹林】
陽にむれて
天も地もにおうのか
朗々と溶けあつた空の真下に
のびきわまり群れる樹林
このみどりむせる綠樹の中を
すつきりと赤いパラソルにほどさきだちくるは
白背広のひとか
ひそまつた粛かさに
このいろばかりがあざやかな色彩をえがき
みどりしたたる樹々をぬつて
点々近づいて來る
【芙蓉】
芙蓉は日ごと花をつけはじめた
歩いてみたり抱えてみた
終日はこの花のみ光る部屋に
暮らす日が多くなりて
町居の乏しい庭のさびしさではあるが
明日咲く花にやがて開く日のくる蕾の
うれしさがまたれてならぬ
やがて日のにおいをうすらぎ
身に沁む秋冷をけり起きれば
夕はみじめに花の上にも降る
【煤煙】
限りある人の視力に見えなくなつた煤煙は
自らが吹きあがつてきた力を失い
風の方向にふかれるままにとんで行く
一度昇つたものは
再び地上にまい落ちてくるのだ
どこかの綠の隅
気づかないうちにまいおりてきて
ふきよせられる煤煙がある
【冬を呼ぶ雨】
せまい冬を
凍つた闇の窓のふるさとにかへつて
雪のあけくれに生きるひととの
ひととき激しい雨の中の別れである
このひとは
藁沓はく風俗の国の冬の景色の
刺々しい雪層を知つてゐる
吹雪にたわむ樹々の成長とともに
暮してきたから
どのやうにきづつけられるものの中に
かこまれても
つららにたへる菊の凛生さをもって
乏しいふるさとの きびしい雪の生活を
強くさすとも 暗くはさすまい
野中のさびしい駅舎の
光る一条のレールを前に
別れのことばを交はすひとと私
散りしきるコスモスをたたく
外は寒々と冬を呼ぶ雨である
【春と樫】
いちめんの樹木が空をさしてのび上がる
ときを異えぬこのうれしさ
芽立ち芽立ち春から冬へもちこたへる武装が
くる日くる日の変貌をしめして
のんのんもえたつ樫
さんざんたたかれた風や雨の苦痛をいさぎよくほうりだす
もやもやと芽吹く新芽の甦気をいため
さいなまれ ゆがめられた生活の上にとり入れる
ゆとりないこのこころであつたか
亜鉛雲のながれて限りない春の日
美しくのりこえるものの力にみどり明るく
ほぐらかされる朗らかこころがある
【独楽】
子供が専念に
独楽をもてあそんでゐる
一本の中軸に
ささえきつた回転は
強くきつくひきめぐり
りりりり………
こんなにも思念を
引き締まらす
【曇り日】
曇り日である
子供達は土堤をあがつたり下りたりして
青い空 青い空と
高々に叫んでゐる
其処を通つていくと
自分はまぶしい光を受けた
【落葉】
枯れて落ちていつた木の葉が
いつからか木の下にたまつた
その梢はすでに葉をつけていない
夜ごとに霜は地面におりた
じめじめと 乾いたことのない木の下に
霜はこまかくふりそそいで
落葉をくいためた
自分は先頃のなげいてはならないと考えた
冬への気持をほこらしく自慰した
【寒さ】
肩さきの寒さにふつと目醒めた
寒気が冷結してゐる
寒さがじりじり皮膚にふれる
寒さが肩さきをうずかす
寒さが手足をのばさせない
わたしは そこでせいいつぱい
衣服をかき合わせ 夜具でふせぎ
おしせまる靜かな冷ややかさの中に
夜明けまでの幾時間かを
ねむろうとつとめる
【七夕祭】
サラサラ サラサラ
そらにわびしく竹笹の鳴る音
誰が子の丹精か
まことをこめて悦こぶしぐさ
竹笹にむすぶ五種の色紙の
今日をなびけと家並みを美しく縫う
こころはなやぐわかさではないが
色どりのたのしい七夕祭の街をゆくに
ほほえまれる竹笹の鳴りである
【山越え】
青葉の隧道をかきわけ ぬけきると
ふりかえる瞳に 和意谷はかしこぞ
山はみどり あたたかい明暗を盛り 峰つづき
朝あけ
つゆしとどにぬれてきて
澄徹な気流の押しながれる位置にたつ
――あれ又なきましたで
耳近く煙管を打つ爺の注意
山深くこもる杜鵑は自らのおもいに啼く
【村】
三国連峰がみどり深くかつきり盛られてくると
ここ谷をめぐつて山国の村は
青葉に風も鳴ろう 夏である
上簇に近い家は障子にとざされ
むせくる暖温の中を
養蚕の竹棚には不眠の人々の手が
かいがいしく動き 気がくばられてゐる
いささかのことでもわざわいする
おこたらない注意の中にあつても
ときに多量のしくたを出すことは
たえられないことにし異ひない
見通された春蚕の欠損に
こぼすひとびとの愚痴がこころ寒くひびき
悲惨な忍苦がおしかかるとも
あくせくと働いて明るみを見ようとする
こころたゆまぬひと達の努力よ
嗤へない受難期である