久坂葉子(くさかようこ)1931〜1952
神戸市生まれ。本名川崎澄子。山手高女を経て相愛女専中退。16歳から詩を書き始め「文章倶楽部」に投稿。その後島尾敏雄の紹介で富士正晴の雑誌「ヴァイキング」の同人となり、詩と小説を発表。八木岡英治に認められ「作品」(1950年)に『ドミノのお告げ』を発表。19歳で第23回芥川賞の候補となる。その後シナリオライターとして活躍。1952年、恋愛感情のもつれから九州を放浪 2度目の自殺を計るが未遂に終わる。この年 4篇の小説を発表、未発表作品を残して六甲駅にて自殺。21歳であった。
『久坂葉子詩集』久坂葉子(私家版/1956)
『久坂葉子作品集 女』久坂葉子(六興出版/1978)
『久坂葉子詩集』久坂葉子(六興出版/1979)
【りんご】
りんごをかじりながらさむいみちをあるいた。
ゆうひがまっかになってしずむ。
きょうもいちにち、
のぞみももたず、ちからもわかず、
ただ、さみしさでいっぱいになって、
なにがそんなにさみしいのかわからぬままに。
まちかどにひがついた。
あたらしいとしがもうやってくるというのに。
あすさえもおそろしい。
――さみしさはますだろう――
――くるしさにたえることができよう――
わたしのこころに、
「あすこそは」というかんじょうがわいてくれたら、
――わたしはうれしいが――
りんごのたねはくろくひかっていた。
はあとのついたしんを、
おもいっきりとおくへなげた。
【罪深い女】
南京玉を糸に通して
「明日はいい子になります」と、いった日は
手まりを溝から拾い上げ
「明日はいい子になります」と、いった日はいつだったろう……
神様私は、お約束を破って
【冷たいふとん】
ねんねしょ、(しょうというイミ)
スタンドのコードをひっぱって、
冷いふとんに首を入れた時、
私はふっと、けしの花を思った、
けしの花を盗んで、しかられた、ひげの生えた隣の小父さん、
あの夜もやっぱり冷いふとんだった。
【かえりみち】
赤信号、
田舎飴をほうばりながら、
鉄さびくさい、ふみきりにたつ、
突飛ばして来た電車、
この瞬間。
田舎飴をかみしめながら、恐い、と思う。
青信号、
ほっと安心、
犬がまっ先に、線路を横切る。
【回想】
古い手紙
ノートを破って書いてある。その手紙
あの頃は友も私も
生きることのよろこびに一ぱいだった。
文箱のぬりはもうはげて
静かに、静かに
まっかな椿が一輪落ちた。
【往んだ人】
その人は帽子ぎらいの人だった。
暑い舗道も、
つめたい路も、
帽子かぶらず歩いてた。
その人はじっとみつめてものをいう。
大陸の人達のことを、
悲惨だと――
哀れだと――
その人は大きく笑ってこう云った。
遊ぶんだ
遊ぶんだ
若いうちに遊ぶんだと。
その人は今どうしている。
やっぱり帽子をかぶらないで、
まっすぐ歩いているだろうか。
【緑の日(午後)】
小学校の教室でソナチネをひいている。
きっと若い女の先生、
孤独で、そしてはにかみや、
トゥレモロをならして、
ぱったりピアノのふたをしめる、
きっと若い女の先生、
昨日のことを思い出したんだろう。
【逝った人に】
「ねえ、誰にもきかれないように、そっと教えて下さいナ」
「この道ですよ、おじょうさんの道は」とね
そうしたら私は黙ってほんの少し笑って
さされた方へ進みます
雑草ばかりの小道でも
ぬかるみの多い細道でも
私は黙って歩いて行きますよ
「ねえ誰にもきかれないように、そっと教えて下さいナ」
【月ともものみ】
その人は
桃のかわをスーッソーッとむきました。
なかから
感傷的なおじょうさんの
ポーッとほほをあからめたような
果肉が出て来ました。
それは甘くって、やわらかでした。
その人は
しずかに、ちっとも音をさせないで、
桃の実をたべました。
萩むらに月がゆれてる頃でした。
【夜ふけ】
陰鬱な銀色のたましいを
あなたは大事にもっている
それだのに幾時かたつと
拍子ぬけしたように
あなたは魂を置き忘れて昇天してしまう。
魂は小さくなって燭台の横へ
又次の日、あなたが拾ってくれるまで
じっとじっと小さくなって。
【とうもろこしとひまわり】
背の高いとうもろこしが畠の隅に
ならんでござる
よいしょ、
なかなか大きい果肉
そばでひまわり わらってござる
よいしょ、
にくにくしい黄の色。
【うつろなるまなこにうつる】
うつろなるまなこにうつる
ちまたのゆうぐれ
うでをかわし たのしげに
はるをさんびせし わかものたち
つとめぐちなく
きょうも むだなるときついやせせし おいたるおとこ
くるまより さっそうとおりたちて
レストランにゆくあでやかなるマダム
ちのみごせおい 夫のうしろにしたがいて
こころのみの へいわのうちにかえるわかづま
よごれたマフラをくちにあてて ろじにふるえるきいろいおんな
ちまたはいよいよくれんとす
群集の中にわれひとり
こいもせず こいされもせざ
ほそりしむねを あせりみつつ
ただあるきぬ あるきぬ
もとめんとすれど それはむなしく
あたえんとおもえど ゆたかにあらず
ちまたはすでにくれぬ ひとりなるわれをつつみて
【死んだ人】
しろきうつわに むらさきのたば