神田理沙(かんだりさ)1955〜1972
いくつかの言葉を残しこの世を去った。愛知県立A高校三年生。享年17歳。
『十七歳の遺書』神田理沙(サンリオ/1973)
【1970冬】
忘れもしません
ぼたん雪の降る夜でしたね
あなたが、私に初めて会ったのは
そのとき あなたは
降りつむ 雪のなかで
石仏にように立ったままでした
ふと気づくと
あなたの指先きは
小きざみに ふるえていた
ああ そのとき
私は これはただごとではないと
不吉な予感がいたしました
いいたいことがいっぱいで
かえってあなたは人言も
ついに言わなかったのでしょうか
【1972冬】
同じ雲の なかでも
私は 北国の空を流れる雲が好きだ
憂いの表情を 深々と 秘めて
冷たい北の空を 流れていく雲が
溶けきれない 悲しみを胸にいだいて
うなだれて 雲は 流れていく
すべては 流れていく運命ながら
いつかは 雪の花を散らすだろう
悲しみに 負けてはならない
旅人の 一時の苦しみに
お前も 心をくじいてはならない
同じ雲の なかでも
私は 北国の空を流れる雲が好きだ
想いと戦いつつ 黙々と
寒冷な 空に白い花を 散らす
あの北国の空を
流れていく 雲が好きだ
【1972年1月23日 「こんこん小雪(童謡)」】
こんこん小雪が ふってます
こんこん小雪の ふるばんは
こんこん小山の 子ギツネさん
寒いに どうして いるかしら
こんこん小雪が つもります
こんこん小雪が ふってます
こんこん小雪の ふるばんは
こんこん小山の メダカさん
寒いに どうして いるかしら
こんこん小雪が つもります
こんこん小雪が ふってます
こんこん小雪の ふるばんは
こんこんこやぶの 子鳥さん
寒いに どうして いるかしら
こんこん小雪が つもります
こんこん小雪の やむ朝は
お山も 野原も まっ白け
こんこん小雪が やんだなら
まもなくくるくる 春がくる
みんなで仲よく 遊びましょ。
【1972春】
どんなことが 起ろうと
どんな時代の 波風が荒れようと
どんな冷い批判を 受けようと
どんな苦悩の どん底にあろうと
どんな幸福の 絶頂にあろうと
常に変らぬ ありのままの人
そんな人に 私はあこがれる
いつも大地に 足を踏みしめ
周囲をぐるぐる めぐってゆく
物増の変化に とらわれず
自分を見失しなわず
自分の道を かんぜんと進む人
そんな人を わたしは愛したい
気どらず 飾らず
知恵深く 情深く
心の底で 自分を信じて
誤解にも 不幸にも じっと耐えて
いつも ありのままの人
そんな人を わたしは尊ぶ
【1972夏】
胸の底には こんなに激しい
おもいが 燃えているのに
わたしは とうとう 何もいわずに
彰さんと 別れ別れに なってしまった
時計の振子のように ゆれ動く心のなkで
私は どんなに それを
伝えたいと思ったかも知れないのに
それすらもできず遠く遠く離れてしまった
しかし いおうとしてもいえないうちに
もう いわないでも がまんできる
自分になって しまった
でも心の秘密を
伝えなかったということは
二人の間に “愛がなかったこと”と
同じではないかしら
そして私の 生きているということすらも
いまはもう
泣きたいとも思わぬ
泣くまいとも思わぬ
人の世のさだめを ただかみしめる
【1972年7月16日】
“さようなら”という言葉を
そのまま自分にも言い聞かせ
夕ぐれの道を家路に急ぐ
私のこころは
すでに明日を待つこころなのだ
忘れようと机の前にすわり
本を開いているはずなのに
思いはいつの間にか彰さんの上に
夜ふけ
ひとり部屋の窓辺にもたれかかり
私は
星をかぞえる人影となる
時計の針におびやかされ
床にはいるのだが
眠ろう眠ろうとすればするほど
思いははてしなくひろがり
軒をうつ 雨だれのように
いつも いつも
同じことを…
【1972秋】
すべての歓びの消えた わたしの胸に
ただ一つのこった この蒼いろの悲しみを
わたしは一重の花にさかせたい
あなたが私の胸に
知らない間にのこして行った
この一粒の 悲しみの種子を
わたしは涙で育ててみせよう
一年のどんな季節にも 花ひらき
一生のどんな時期にも 匂いたち
あなたが私に
偶然でなかったことを
死ぬまでかかって証明しよう
【1972年9月6日】
ものいわぬ仏像が好き
言葉のいらない古い寺が好き
雨の降っている池が好き
青い梢をぬらして
白い花をぬらして
ここを愛した人の歌をぬらして
石仏のある道をいくのは
若い僧と老人と二人の
旅人とわたし
石仏のほおをつたうのは
わたしの涙が
【1972年9月9日】
ひとたび言葉になって
あなたの魂があらわれると
本当のあなたでなくなる
ことを知ってください
そのまま蓄えて
よどみや
芳香で
肥えた土質になるまで
持てるかどうか
ためしてください
背をおおう 愛の重量
あなたの若い肉体が
その労に生涯耐えうるか
聞いてみてください
一夜の告白が
千夜の悔恨を呼ぶことが多い
私と同じとしのあなたは
いまひとことを話そうとする前に
黙ってしまっても
決して 恥ではにです
【1972年9月18日】
理性が 私のすべてに干渉をはじめたら
つぎに 感情の消滅がやってきた
そして 私のたのみにsていた 理性も
間もなく 行き詰まってしまい
しだいに 姿をくらましてしまった
核心と軌道を 失なってしまい
なんの味もない 空虚なくる日くる日
残った 肉体だけが 昔からの習慣で
堕性的に 動いているだけ
感情が 感傷が そして後悔や
思い出といった 人間的要素までが
自分の内部から
つぎつぎと 抜けてゆく
それでも わずかに余命を保つなにかが
神経をシゲキし
うつろな眼が 反射的に
空間に よみがえりのオゾンを
探しもとめている…
【1972年9月20日】
草のクキをかみながら
夕ぐれの道を私はあてもなく歩いた
落日がむしょうに美しい
人間は人ごとのわずらわしさに
耐えきれなくなったとき
自然の美しさに
目覚めるのかも知れない
一本の草にも涙が流れる
もう死んでしまったのか 私のこころ
思いはあふれるのに
なんにも書けない
【1972年9月21日】
なにを見るのも
聞くのもわずらわしい
つかれた
ねむい
ねむることだけが
いま私には
ただひとつの救いなのだ
【1972年9月22日】
“何のために生きているのかわからない”
“もう、誰も信じられない”
“愛がむなしい”
“死にたい なぜだか 私にはわからないが”
“でも 負けたくない 苦しみに”
“強く 生きたい”
“お母さん お母さん”