奥居頼子

奥居頼子(おくいよりこ)1910〜1925
1910年、東京市牛込区南町に、父彦松、母清子の長女として生まれる。1911年に府下荏原郡新井宿大森木原山に、翌年に市内芝区下高輪町に転居。1916年、腰痛のため歩行困難となり、股関節炎と診断される。やがて全治。同年、聖心女子学院小学部に入学。芝区白銀に転居。1923年聖心女子学院高等女学部に入学。伊香保の避暑地に過ごしていたので関東大震災では直接被害は受けず。1924年夏父の任地新潟市に転居。

『奥居頼子遺稿集 和光』奥居頼子(私家版/1927)

【夢三題】
  一
すみれの一面に咲いて居る野原!
日が落ちかゝつて居ました
野原は夕方です
すみれを摘んで居る子が居ました
たつた一人――夕日を浴びて
それは私でした……夢の中の
  二
鈴らんの丘で
マンドリンの調を聞きました
きらひな花の岡で
嫌ひな絃(いと)の音を聞きました
夢でした 何んて悪夢?
  三
二人しか居ませんでした
あなたと私との二人の他に、
木れんの花が咲いて居ました
愛でした 二人の間の囁きは
それを占ふかの樣に そして又
――の象徴の樣に
白い花びらが二ツ散りました
丁度二ツ
二人がほゝゑみました――まで
夢でした――うれしい夢でした

【はまべ】
大きな波が よせてはかへす
子供達は足跡をつけて行く
大きな波が よせてはかへす
私が好きな人の頭字をかく
大きな波が よせてはかへす
日が上つて西へ歩んで行く
大きな波が よせてはかへす
はまべの砂にはきずがない

【お舟は揺れて】
君が名呼べば
お舟がゆれる
ギツチラ ギツチラ ギツチラコツコと
お舟がゆれる、ね
波間をゆれる、ね
君が名を呼んで
まぼろし えがこ
お海のお舟でね
ギツチラ ギツチラ ギツチラコツコと

【夕燒】
夏――そして夕方――
どこにも夕燒はおとずれる
新潟はまの砂丘から
海の向ふの佐渡が島から
夕燒はおとずれる
彼れおとずれかけるとき
私は 濱の砂丘にうたふ
太陽は佐渡のお山のむこうを歩く
そして……
空――雲――水――!
みんなみんな 自然の舞臺
かもめはおどる 波がくだける
金色! 銀 まつ赤な
まつ白な水色 もゝ色のみどり
波のくだけは 日の色に
海をへだてた向ふの しまに
こむらさき かすむ――
水! 光り! 光り! 光り!
水はすべてのものを
太陽まで照らす けれど太陽はお山のむこう
光り! まつ白の
みんなのものが
靜かな色にかへる迄
私はうたう
水は照る――
夕燒は 水と光と共に
消えて行く
濱の夕燒! なつかしい思出!

【お月樣!!!】
あなたは私の神樣
あなたは私のお父樣
お母樣そしてお友達
あゝ懷しい私のお月樣!
どうぞどうぞいつまでも
私を愛してくださいませ――
なつかしいお月樣!

【橋】
谷の一本橋は丸太橋
私の心の愛の橋は?……
好きな人が とーほるときは
大丈夫な一本橋よ
嫌ひな人の通る時は
紙より薄いへなへなばーし
なあーぜに こうも 私の心は
荒さんで居るのだらう
好きな人にも嫌ひな人にも
同じでなけりやならない橋だのに

【小さくて大きい悲しみ】
  ――一番大切にしてゐるレコードの破れた時に作る――
Hのレコードをきいてゐて
一人さびしくなりました
何か悲しみのある
前兆ではないのかしら
レコードのHよ
あなたの滅する知らせではないの?
もしそうだつたら……
教へて下さいH!レコードのHよ!
私はあなたを愛して居ますもの

【悩んでる私の心】
弱虫!!!
なんと氣の小さい!
私はよくこう言つて
病氣のお前を泣かせてしまう
許しておくれ!
私自身の心の小さいのも氣がつかないで

【光りくら】
夕燒の海で
おほしさん三ツ
お月樣半分と
光ツくらしてた

【懷しい方に捧ぐる詩】
  一
昨日と同じ樣に
今日も又一日――
貴女の御手紙を待ちました
そをして時どき
貴女の御名を口の中で繰返し乍ら
貴女のしらつしやる南の空を
みつめました けれど とうとう
御手紙は來ませんでした
こんなに待つてましたのに――
  二
私の欲しいものは
貴女のみ心
パゝやマゝにおねだりして
買つて頂けるものならば
こんなに悩みはしませんに
もしも此の世が
貴女と私と二人だけのなら
私はちつとも悩みはしませんに

【氣もちのいゝとき】
氣持がいゝですね 櫻がハーラハラ 春のおぼろ月
氣持がいゝですね お日樣カンカン 夏のまひるは
氣持がいゝですね お月樣サヘサヘテ 秋の夜長は
氣持がいゝですね 雪がチーラチラ 寒い冬の日に

【人形にさゝぐる詩】
いつも夢みる人形さん!
何のお夢をみるのよぅ?
パリー生れの人形さん!
お前のお目々はなぜ青い?
青いお目々でなんの夢みるの?
私の可愛いお人形さんよ!

【朝顔】
雨の日に
淋しく裂いた朝顔は
萎んで仕舞ふすべ知らず
雨に打たれて可哀さう!

【花束の思出】
どれがいゝかしら──
これもあれもみんな
お友達から送られた花束です
一ツのは赤いバラ
もう一ツのはヤドリ木
第三番目のはカーネーション
終のは枯れてしまいそうな
月見草! でした
赤いバラは美しき愛
ヤドリ木は接吻を乞ふ
カーネーションは
あなたの奴隷になる
月見草! 沈黙せる愛情
私がまょつて居るときに
ちいさい聲が言ひました
月見草が一番安全ですよ──と
私は従ひました 小さい聲に
ちいさい聲が言つた通り
私はいつまでも幸福でした

【はなやかな淋しみ】
毎夜私は
バラのステージに躍ります
夜がふけて
踊りつかれた私は
みどりのソファーにもたれます
毎夜私がおどるとき
じつとみていてくれるのは
ビロード作りのお人形許り

【死と好み】
  ――空想の一節――
私は――
きらびやかに輝く
寶石にうづもれて
死んで行きたいの
ダイヤ、サファイヤ、エメラルド
ルビーにシンジュ、ガーネット
私が一番このみますのは
シンジュ!
私は――
美しく輝く
お花にうづもれて
死んで行きたいの
バラとスミレとスヰトピー
私が一番好みますのは
スヰトピー
私は海の上で
くだける波にたわむれ乍ら
靜かに死んで行きたいの
そおした私のしかばねは
人魚の女王さまにいだかれて
いつまでも幸福に
死の國にくらせますもの

【なつかしい方に捧ぐるの詩】
あなたから……
まつ赤なバラが
いたゞいてみたいの
夏の日に――

【私のみた夢】
淋しい夢をみましたの
私は夢で泣きました
それがあなたの夢なので
私は夢で泣きました