秋葉喬(あきばたかし)1911〜1932
岡山県に生まれる。日本大学在学中から「群盲詩脈」にエネルギーをそそいでいた。満22歳の誕生日を記念して詩集『夜火事』を出している。その翌年、1932年の夏、倉敷の柳井原池で花火大会を見物中、乗っていた屋形船が転覆。彼は人を救けて二度ほど岸へ引き返したが、三度目の救援に出た時、水中に喘ぐ遭難者にかえって引き込まれてあえなく水死した。
『夜火事 秋葉喬第一詩集』秋葉喬(童心社/1931年)
【茶碗】
食事ごとに
膳の上にのさばるやつ
冷淡なコイツ
瀬戸物
この白白しさ。
人人は宿命のやうに
知らず識らず
こいつを愛した。
ぶッつけてやれ
ガン!!
たまらない音をたてて
こいつは
碎けるぞ。
【雨中のポストを教ふ】
雨中のポストは
手で合圖する
交通巡査のやうだ。
お祖父さんは
棺の中から手を伸ばして
ケウ・ケウと呼んでくれた。
雨の中のポストは
馬糞にまじつた
ソラ大豆のやうだ。
異父(おとう)さんに
尻をなぐられて逃げた夜は
月が白かつた。
雨の中のポストは
犬に吠えられた
勞働者のやうだ。
あなたが死ぬなら
わたしも死ぬと
言つたこひびと。
雨の中のポストは
後へばかり歩く
乙島じやくのやうだ。
ケウが大きうなつたら
どぎあん人間になるか知らん
――母の言葉。
弟よ
お前達は
おれは近藤勇だと
棒切れをふり廻した。
だが――弟よお前は
新撰組の隊長でもない
――弟よ
ポストの内部的感情と
悲観的心理をもつ
お父さんと
お母さんの子だ。
兄さんは
葉書のやうにうすつぺらだ
だが お前よ
第三種郵便物のやうに
どつしりとふくれてくれ。
弟よ
今日も兄さんは
お前に手紙をおくる
雨の中のポストを忘れないでくれ――と。
【冬春】
ひやめしを食つた今夜
夜風が寒いなら
私は そつと
手紙を破らう。
火のない火鉢は
夢を持たぬ
うぐひすのかなしい巣だ。
【夜火事】
火事だ――
青い夜空の星の下の火事だ。
燃えるのだ(灰になるのだ)
燃えてゐるのだ(灰になつてゐるのだ)
蒸氣ポンプだつて間に合ふものか
皆んな燒けてしまへ
地上の夜の花と咲け。
手をつくねて 見て居れ
燃えてしまつたら消へる。
赤い腰巻を竹竿につけて
屋根上で振るヤツはダレだ。
その腰巻も
竹竿も 燒いちやへ
シラミもノミも
竹は破竹の勢ひで裂けるぞ。
天をもこがし
天まで伸びる「火の手」を見よ。
夜咲く地上の花
焔は上へ 上へとのぼる。
【その後のもの】
火事場のあとは
墓場よりも哀しい。
だが――灰の跡に
燒け殘りの夢が
こんなに青い芽を出してゐる
その芽は――
灰を食べ食べ生育(のび)て行く。
【雨の日】
雨の日はいい――
無花果の葉を打ち
無花果の實をぬらし
そぼそぼと下(ふ)つてくる雨
それは
私生兒(わたし)の心をうるほし
土をうるほし
やがて蛙は望郷の唄を歌ふのだ
目を閉ぢて聞く雨には
子を育てた母の子守唄がある。
雨はまた今日も――
思ひ出の種を植えつけて行く。
【蛇】
おまへもひとりか
おれもひとりだ
縄にならう。
【千駄ケ谷の町】
よく晴れた日曜日の午後
障子の破れ目から
イワシの匂ひがこぼれてくる。
チヨキン チヨキン
路地裏に鋏の音をたてて
花賣がやつてくる。
【サンマ】
サンマ サンマ
十錢に十二匹のサンマを食べても
しなへた腹はふくれる。
正月の一日に
佐藤春夫の詩を食ふ
かなしさよ
便所に捨てたサンマの糞は
海に働く漁夫の膚色だつた。
女中がかゆさを感じる
色と形
骨は猫にくれてやれ。
サンマ サンマ
涙を出し出し
サンマを燒くかなしさよ。
【私生兒】
ポンと生み出された
此處はまた何と
明るくて暗い世界!!
「私生兒」の名前を背負つて
お前 あなた 俺
………何處を歩む
胎内から墓穴までへの一路
知らない父を
父にもつものの行列。
此處に 私生兒(とも)よ
父があつて
「父のない兒」が
父に投げつける弾丸(たま)がある。
これは――僕たちのためばかりでなく
後から來る無數の俺達のために
作り上げた俺達の弾丸(もの)。
母よ
母はヂツト見てゐるがいい。
【僕】
僕は僕の顔がすきです。
タベモノではマグロの刺身と馬鈴薯が好きです。
果實では林檎と栗です。
晴れた日よりも曇つた日や雨の日がすきです。
寝だしたら五日ぐらいブツ通しで寢ます。
煙草は一日バツト三箱。ウドンなら六杯位。
酒は六合位 呑むと氣が大きくなつてしまひます。
熱しやすく、冷めやすい性分です。
生き物を飼ふのはいやです。
お嫁さんになつてくれる人はありませんか。
もう童貞ではありません。